珍獣の館文庫(拙著)

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 この記事は ブログ筆者(chinjuh) が Kindle用に作った電子書籍の一覧だったのですが、Amazon が画像付き広告を勝手に廃止しやがりまして、現在リンク切れになっています。直そうかと思ったんですが、さすがに糞作業すぎてウンザリしたため放置します。全部じゃないけど↓このへんから買えるものが多いです。紙の本ではありませんので注意してください。

amazon:蘭藍沐(ららむ〜)著作一覧
↑このリンクからでも購入ページに行けると思います。

 Kindle(キンドル)は電子書籍を読むためのアプリで、スマートフォンかパソコンにインストールします(インストールは無料です)。キンドル用の本をAmazonで購入して、Amazonと同じIDとパスワードでキンドルにもログインすれば読めるようになります。この説明でわかんない場合は面倒くさいので買わなくていいです。Amazonみたいなアホ会社にこれ以上儲けさせなくていです(でもわたしはお小遣いが欲しいです。後腐れのないサンタクロースを年中無休で募集しています)。


最新刊


 2022年8月の最新刊です。一休さんの話なんですが、江戸時代の仮名草子から翻刻(テキスト化)して、現代語訳もつけてあります。この本に収録したのはごく一部で、一休ばなしと呼ばれるものはもっと沢山あります。

 なんとなくおもしろいかなと思って翻刻しはじめたんですが、人気者の一休さんなので、偉い先生方が作った本が沢山あったりして(現代語訳がついてないのも多いですけど)がんばる意義があまりないので続刊はないかもしれないです。買い切り300円、いつも通り Unlimited 会員は無料。

 ちなみに古文だけでいい人はこちら(googleドライブ)から無料で見られますのでよろしければどうぞ。>https://drive.google.com/drive/folders/1V1EIUAfo23TmGhyDZARX7tyD-XMh1-cL?usp=sharing

既刊

 みんなで翻刻+珍獣の館文庫コラボシリーズ。豊富な挿し絵と現代語訳付き。絵本感覚で読めます。

 『飛た間違矢口噂』は夫婦の性格が入れ替わってしまう話。『化物箱根の先』『化物七段目』は時代に取り残された妖怪たちが新しい化け方を模索する話です。どれも江戸時代の草双紙(絵本)で、豊富な挿し絵と現代語訳を収録しています。

 『化物昼寝鼾 ばけものひるねのいびき』も見越し入道の話で、時代遅れになった妖怪がもう一花咲かせようとがんばるいつものパターンです。当時の流行がつめこまれた話になっているので直訳ではなく、現代の流行りに置き換えたりして、かなり遊んで訳してみました。ちなみに直訳っぽく訳したのはこちら(googleドライブ)から無料で見られるようにしてあります。>https://drive.google.com/drive/folders/1pUqIFbxe9jk9nOP5RN0a_RiebFfFvvXC?usp=sharing


 ここから下は文章だけの本です。横書きだったり、縦書きだったり、あまり体裁がよくないですがよろしくおねがいします。2022年8月現在、ほとんどのものが縦書きで表示されるようになったと思うんですが、於六櫛だけちょっといじらないと縦書きにならないみたいなのでもうほっときます。舌切り雀はもともと横書きです。

 『満次郎漂流記』はいわゆるジョン万次郎の話で、幕末の本を現代語訳にしました。今回古文はついていないです。『舌切り雀』はタイトルの通りの昔話で、ポッドキャストとyoutubeに流すのでついでにやっちゃえと、Amazonにも並べてみました。Unlimitedの読み放題対応です。amazonプライムだと読めないっぽいです。

 いずれも素人仕事で、一部はあまり体裁よく出来ていません。これは酷いと思ったらamazonに文句言ってお金返してもらってください。



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札所(霊場巡り)関連の記事一覧

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近所にある知られざる札所(霊場)を探索しています。わたしの興味はあくまで身近なところに限定されていて、遠いところの話とか振られても「あっそう」で終わります。コメント欄に濃い事書き捨ていく人はたいてい相手にされませんのでよろしくおねがいします。

最近動きのある記事のインデックスにつきトップに表示しています。
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東金町金蓮院境内二十一箇所(石版)

IMG_9618s 東金町金蓮院境内の、二十一枚の石版をまわる小さな霊場巡りについて。

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 葛飾区東金町の金蓮院というお寺の境内に、上の写真のような石版が沢山あるのですが、それらをよく見ると絵が刻まれており、番号が書いてあります。どうやら境内で完結する小さな弘法大師霊場めぐりになっているようです。

 石版の枚数は、わたしが適当に写してきた写真で1〜20番まであるのですが、弘法大師霊場だと、88ヶ所でないならば、21ヶ所である事が多いので、もう1枚どこかにあると思われます。

 1枚1枚に、何かの絵が浅く刻まれています。どれも浅すぎて肉眼では何が刻まれているかさっぱりわからないのですが、拡大してトレースしてみると、いくつかは意味のありそうな絵になったので、ひとまずここに20番まで貼ってみます。


第一番

金蓮院01番s

 地蔵菩薩のような仏様の姿に見えますが、残念ながら何の場面なのかは今のところ不明です。


第二番

金蓮院02番s

 川か海のような水辺で弘法大師とおぼしき人が座禅を組んでいます。弘法大師は室戸岬のような海辺で修行をしたという話がいくつもあるので、そういった場面かもしれません。


第三番

金蓮院03番s

 弘法大師とおぼしき僧侶の後ろ姿が刻まれており、空中に何か描かれているのですが、残念ながらハッキリしません。衣が立派なので、唐から帰朝して帝に重く用いられるようになってからの姿かもしれません。


第四番

金蓮院04番s

 これも海辺での修行中でしょうか。空を見上げているので、金星が降りてきて口から入るという虚空蔵求聞持法を行っているところかもしれません。


第五番

金蓮院05番s

石版の手前に植え込みがあり、絵の全体がどうやっても写らず、見える範囲もあまりはっきりせず、まったく意味不明な状態です。


第六番

金蓮院06番s

 寺のようなところで何かをしている後ろ姿が描かれています。


第七番

金蓮院07番s

 女性の後ろ姿が描かれています。弘法大師関連で有名な女性だと、母親の阿刀氏(あこや、あこう、玉依御前など、異説多し)かもしれません。老いた阿刀氏が大師をたずねて寺に来ますが、女人禁制のため男装して近づこうとします。すると大きな岩、または火の玉が降り注ぎますが、大師が察知して法力で助けるという話があります。


第八番

金蓮院08番s

 空に月か太陽のようなものが描かれており、弘法大師とおぼしき僧侶が身をかがめて何かしています。

 三日月を呼び戻す話があるのですが、それは修行中の事なので、立派な袈裟を身につけているので違うような気がします。

 あるいは空に妖星が現れたため、法力で落としたという話もあるのですが、これも修行中の話だったような気がします。


第九番

金蓮院09番s

 何かの軒下にたたずみ、上を見ているようです。

 建物が部分的にしか見えないのではっきりしませんが、応天門の額の話かもしれません。書の達人として知られるようになり、都の応天門の額を書いてほしいと依頼されますが、応の字の上の点を書きわすれて、そのまま額がかかげられてしまいます。そこで大師は墨を含ませた筆を下から投げて、寸分の狂いもなく応の字に点をつけた、という話があります。


第十番

金蓮院10番s

 池のような場所に弘法大師と思しき人がたたずみ、池の上には龍がいます。

 守敏という僧侶との雨乞い勝負を描いたものかもしれません。守敏も位の高い僧侶でしたが、帝に手品のような法力を見せて取り入っていたので、大師がやりこめて面目を潰してしまいます。

 怒った守敏は世界中の龍王を一ヶ所に集めて封印し、世の中に雨が降らないようにしました。そうすれば帝は大師に雨乞いをさせると思ったのです。龍王は封じてあるので、何をしても雨など降らないという計略です。

 しかし大師は深く瞑想して守敏の計略を知ります。そこで天竺の無熱池に住む善女龍王を東寺の神泉苑に勧請し、世の中に雨を降らせました。

 善女龍王は法華経に出てくる沙伽羅龍王の娘で、女性でも悟りの境地に到達できることを証明した人です。弘法大師や守敏も三地という位の菩薩ですが、善女龍王はそれよりももっと高い位の菩薩なので、守敏の法力では封じる事ができなかったのです。以上『弘法大師御本地』より

【追記】2024年7月1日
 『弘法大師御伝記』にも龍の話が出てきます。大師の筆作が唐でも有名になると、どこからともなく童子が現れて「あなたはあの有名な五筆上人なんでしょう?何か書いてみて」と言います。

 そこで最初は空中に文字を書き、空中なのに文字が見えていつまでも消えないという不思議な出来事があります。

 次に流水に筆で詩を書くと、少しも乱れることなくそのまま流れて行きました。

 そこで童子は自分も書いてみると言って水面に龍の字を書きますが、わざと右の点を打たずに立ち去ろうとします。

 大師は「君、なんで点を打たないの?」と呼び止めますが「あなたが打ってみてよ」と言うので、言われるままに点を加えると、文字が龍になってどこかへ飛んで行ってしまいました。この童子は文殊菩薩の化身だったのです。

龍の文字


第十一番

金蓮院11番s

 弘法大師とおぼしき僧侶の背後に火炎があり、前には水が流れています。

 弘法大師は不動使者の法を行いました。この行を行うと迦楼羅焔と呼ばれる邪悪なものを浄化する焔が現れたそうです。

 また水想観という瞑想をすると、家の中でも本物の水が出てきて池のようになったと言われています。


第十二番

金蓮院12番s

 大師が空中に何か字を書いて(おそらく龍の崩し字)、それが鳥のようなものを追い払っています。

 これには思い浮かぶ伝説がいくつかあります。

 まず、唐での修行中に、師匠の恵果阿闍梨があまりにも大師を重く用いるので、60人の兄弟子たちが嫉妬して、大師に法力勝負を挑みました。

 ある弟子が筆で文字を書くと、それがチョウやトンボになり、飛び始めました。そこで大師が龍の字を書くと、大きな龍が現れてチョウやトンボを飲み込んで天高く飛び去りました。

 あるいは空中に大般若経の魔事品(まじぼん)を書く話かもしれません。伊豆国桂谷の古寺に天狗やもろもろの悪魔が住み着いて暴れていましたが、大師は微笑みながら空中に文字を書き始めました。空中に書くのですから見えるはずがないのですが、大師が書いた文字は光り輝いてはっきり見えたと言われています。天狗や悪魔は逃げ出し、この地は仏教繁昌の地となりました。

【追記】2024年6月27日
 下の絵は『弘法大師御伝記』という江戸時代の文献の挿し絵なのですが、大師が書いている文字がほぼ同じなので、この絵をもとに石碑が作られたと思います。空中に魔事品を書いて天狗を追い払う話でほぼ決まりですね。

弘法大師御伝記


第十三番

金蓮院13番s

 これはまったくわからない絵のひとつです。舟が描かれているようですが、人物は描かれていません。


第十四番

金蓮院14番s

 珍しくはっきりと読み取れる絵なのですが、何の場面なのはかまったくわかりません。上部に御簾が描かれ、その下で僧侶が経典を読んでいるか、書き物をしているような絵です。


第十五番

金蓮院15番s

 立派な袈裟を着た大師の隣にうつむいた女性がいます。

 女性が出てくる逸話もそれなりにあるのですが、どれも決め手に欠けるような気はします。

 七番のところで書いた母親が寺に訪ねてくる話の続きかもしれません。別れを惜しむ母に、大師は池に映る自分の姿を書きとって母親に渡したと言われています。

 あるいは諸国行脚中に親切にしてくれた貧しい女性たちの話かもしれません。中でもありそうなのは、凍える夜に、ある家の戸を叩き宿を求めますが、この家は老女の一人暮らしでその日の薪にも困っていました。しかし、お坊様を凍えさせてはいけないと、老女は大事な織機を打ち壊して囲炉裏にくべたと言われています。しかし、旅の途中だと、このような立派な袈裟を身につけているのは不自然かもしれません。

【追記】2024年7月17日
 『弘法大師御伝記』という江戸時代の文献に、この絵に似た場面があることがわかりました。道端で老女が泣いているのでわけをきくと、孫が狼に害されて死んだと言うので、大師が蘇生の術で蘇らせたという話です。挿し絵があり、子供の体をひざに乗せ、うつむいて泣いている女性のそばで、大師が祈祷しています。

◎早稲田大学・古典籍総合データベース『弘法大師御伝記』巻第五・コマ15
https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ha04/ha04_00597/ha04_00597_0005/ha04_00597_0005_p0015.jpg
 上記リンクから挿し絵が見られます。文献全体は>ここをクリック

 これまでに十二番も『御伝記』の挿し絵を元に描かれたものだとわかっているので、ほぼ間違いないと思います。ほかの挿し絵も『御伝記』を元にしているかもしれません。


第十六番

金蓮院16番s

 これも何の絵かまったくわからない1枚です。背景に大きな山が描かれているのが手がかりかもしれません。


第十七番

金蓮院17番s

 これまたわからない1枚です。手に菅笠を持っているので、諸国行脚中の姿(修行大師)かもしれません。


第十八番

金蓮院18番s

 上部に御簾が描かれており、空中に蓮華の座に乗った仏様が描かれています。板の間のようなところに衣のようなものが置いてあるか、あるいは誰かが深く頭をさげて礼拝しているかもしれません。

 弘法大師は即身成仏の悟りを得ており、深く瞑想して大日如来になることができました。唐での修行中にも法力勝負をしかけてきた兄弟子たちに大日如来の姿を見せたと言われているし、帰朝してから帝の前でもその姿を見せています。この絵だと、帰朝してからの話のような気がします。


第十九番

金蓮院19番s

 これも、まったくわからない1枚です。


第二十番

金蓮院20番s

 背景に高い山のようなものが描かれ、手前に九輪のある塔の屋根のようなものが描かれています。

 弘法大師ゆかりの塔といえば、ひとつは京都の東寺にある五重の塔です。東寺は大師が帝から賜った寺ですが、五重の塔は未完成で大師が奔走して完成させたと言われています。

 また、高野山に金剛峯寺を開く時に、最初に着手したのも塔だったと言われています。


第二十一番

 未発見です。数を数えずに写真を撮ったので、21番が足りないことに気づいていませんでした。見落としているだけのような気がするので、後日また探しに行きたいと思っています。


 以上は、わたしが知っている伝説と、石版の絵を結びつけたものですが、弘法大師の伝説は昔話のようなものも含めれば膨大な数にのぼり、もっと絵に近い例もあるかもしれません。

 また、石碑の類いは光の加減で刻まれているものがよく見えたり見えなかったりします。別の日に再挑戦すれば、見えなかった部分が見えるかもしれないとも思います。

 というわけで、この記事は「今のところこうではないか」という覚え書きのようなものです。

 「こういう話の場面ではないか」というような御意見はコメント欄へどうぞ。

 ただし、わたしは最近自分のブログをろくに見ていないので、コメントをいただいても気づかない可能性が大きいです。反応がなくても無視しているのではなく、本当に気づいてないだけなので、あまり気にしないでください。よろしくお願いします。

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黒大師の六番、水郷大師の七番(南蔵院)

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 久しぶりにしばられ地蔵の南蔵院に参詣しました。こちらには水元水郷大師の七番と、黒大師(瓦大師)の六番があるのですが、境内の模様替えがあったようで、それぞれ場所が変わってしまいました。


黒大師(瓦大師)の六番

南蔵院見取り図(瓦)

 黒大師の第六番は、以前は聖徳太子堂に向かって左後ろの植え込みの中に埋没してたんですが、今は山門を入って右手にある藤棚の下に遷座されています。柵があり、近づくことはできませんが見ることは可能です。夏は藤棚で影になるので少し分かりにくいかもしれません。

IMG_3604s ▲藤棚の下に遷された黒大師の第六番。

 黒大師は葛飾区、三郷市、八潮市、足立区にまたがる21ヶ所霊場です。開創年は不明ですが、金町の金蓮院前に明治時代の石碑があるのでその頃のもの(もしくはそれ以前のもの)と考えられます。詳しくは下記を見てください。

◎黒大師(瓦大師)を探せ
http://www.chinjuh.mydns.jp/wp/20161130p6450


水元水郷大師の七番

  こちらは悲報かもしれないです。というのは、水郷大師の七番は、以前は墓地の入り口に安置されていて、誰でも近くへ寄って参拝して台座を確認することも出来たのですが、2024年現在、一般の参拝者には手の届かないところに遷座されてしまいました。

南蔵院見取り図(水郷)

 以前の場所にはない事に気づいて、境内の行ける範囲をすべて探したんですが見当たらず、仕方ないので売店でたずねたところ、一般には公開されていない、古い建物のあるところへ遷したということでした。

 見取り図の、庭園のさらに上(北)にあるエリアは、昔の住職が住んでいた古い建物などを移築して保存してある場所だそうです。門は閉ざされていて、普通には入ることはできません。でも、門の隙間から覗いて見ると、茅葺き屋根の建物の前に後ろ姿が見えました。

 IMG_3609s ▲門の隙間ごしに見える水郷七番大師の後ろ姿。

水郷七番大師後ろ姿、拡大 ▲拡大してみました。

 近づけなくなってしまったのは残念ですが、存在は確認できたので良かったです。しばられ地蔵の南蔵院は天台宗のお寺です。弘法大師は真言宗の開祖なので宗派が違うのですよね。

 四国の霊場もそうですが、宗派の違うお寺が札所になってるケースはそれなりにあるんです。ただ、水郷大師も黒大師も、すでに活動をしていない(お世話する人のいない)霊場巡りなので、処分されてしまっても不思議はないと思うんです。大事にしていて下さるだけでもありがたいなと思います。

 水元水郷弘法大師は旧水元村一帯に作られた21ヶ所霊場です。開創は昭和初期です。詳しくは下記を見てください。

◎謎の二番から始まる水元霊場探訪(水元水郷弘法大師二十一ヶ所)
http://www.chinjuh.mydns.jp/wp/20160928p5515

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東金町・光増寺の #六地蔵

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六地蔵調べです。主に家の近くのもので、造立年を解読できたものを中心に記録してます。
六地蔵調査の一覧は>こちら
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中川沿いを南下する成田山道標不動像

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これといって道標っぽくはないものの、どうもこれは成田山への道標なんじゃないか、と思うものが中川沿いに点在してることに気付き、とりあえずまとめてみました。
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八潮市大瀬・宝光寺墓地の #六地蔵(江戸時代)

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久しぶりに六地蔵調べです。主に家のまわりのものを調べています。八潮市大瀬・宝光寺は、参道にある明治時代の六地蔵をすでに調べていますが、この記事では墓地にある江戸時代の六地蔵をとりあげます。
六地蔵調査の一覧は>こちら
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奥戸・妙厳寺にある謎の道標石 #神社仏閣

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葛飾区内の寺院にあった道標石(しるべいし)。奈良県や和歌山県の地名が書いてあるので地元のものじゃなさそうだけど……となんとなく写してきてツイートしたら、もともと立ってた場所がある程度わかってしまったという話。
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【まとめ】六地蔵の名前

六地蔵1s 六地蔵には名前がついていることがあります。バリエーションが多く、なぜそんな名前なのか想像できないものが多いです。ここでは古典籍に見える六地蔵の名前と、これまでの調査でみつかった名前付きの六地蔵をまとめておきます。
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東和霊場はめぐれるやつなのかどうか

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 最近すっかり霊場巡りと六地蔵ブログになってますが、今回も霊場関連です。でも、めぐれる霊場なのかはちょっとわからなくて、ひとまず記録として書いておこうかと思います。
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江戸川八十八ヶ所 柏市内24番と26番

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 先日は馬橋から小金井までの常磐線の南側をまわったわけですが、今回は柏市内のいくつかの札所をまわりました。結論からいうと26番は大師堂があるんですが、24番は現在は大師堂がありません。
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江戸川八十八ヶ所 常磐線の南側6ヶ所

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 ついでの用事があったので、江戸川八十八ヶ所のうち、常磐線の南側にある6ヶ所の札所を回りました。千葉県松戸市内の札所の一部になります。
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