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アイヌ語、やっぱり日本語とは似てないと思うー

 がー、下書き保存にしておいて、あとで公開するかどうか考えようと思ってたら、間違えて公開してもうた。

アイヌ語、めげそうだわ その1

 アイヌ語は日本語とぜんぜん似てないと思う。まるで似てない。似てないぞ。今度は似てないからよくわからない法則だ!!

 アイヌ語の動詞には過去や現在などの時勢変化がない。代わりに人称変化っぽいものがあり、しかも自動詞と他動詞では違う変化をする。

nepki 働く(自動詞)
 ku=nepki 私は働く
 nepki=as 私たちは働く
 (nepuki=an 私たちは働く)
 e=nepki お前は働く
 eci=nepki お前たちは働く
 nepki 彼は働く
 nepki 彼らは働く


kar 〜を作る(他動詞)
 ku=kar 私が〜を作る
 ci=kar 私たちが〜を作る
 (a=kar 私たちは〜を作る)
 e=kar お前が〜を作る
 eci=kar お前たちが〜を作る
 kar 彼が〜を作る
 kar 彼らが〜を作る

 「私たち」が主語になるところだけ自動詞と他動詞で変わる。このくらいならそんなに難しくない。


 難しいのは自動詞と他動詞のごく一部に、単数と複数の違いがあるということ。

repun と repup 沖へ出る(自動詞)
 ku=repun 私は沖へ出る
  repup=as 私たちは沖へ出る 
 e=repun お前は沖へ出る
  eci=repup
 repun 彼は沖へ出る
  repup 彼らは沖へ出る

 主語が単数の時は repun で、主語が複数になるて repup になる。大多数の動詞にはこんな変化はないそうだが、たまにあるこういうのは考えても見分けられないので覚えるしかないらしい。

 が、もっとメンドクサイのは他動詞の場合だー!!

sanke と sapke 〜を下ろす(他動詞)
 sine cip ku=sanke 一つの船を私は下ろす
 tu cip ku=sapte 二つの船を私は下ろす
 sine cip ci=sanke 一つの船を私たちは下ろす
 re cip ci=sapte 二つの船を私たちは下ろす

 主語じゃなくて目的語の数で変化している(T-T)ナンジャコリャ

 ってことは、

1. Pon Samayunkur Pon Okikurumi cip sanke.
2. Pon Samayunkur Pon Okikurumi cip sapte.

 1の場合はサマユンクルの息子とオキクルミの息子が、一つの船を下ろす(陸から水に下ろす)わけで、このあと一緒に乗り込んでどっかへ行きそうな感じ。
 2の場合は、サマユンクルの息子とオキクルミの息子が、複数の船を下ろしてるから、個別に船を漕いで行きそうな感じ。

 うげぇ、こんなの頭ではわかっても、聞いたものを直感的に理解できない。そういえば過去に入門書を斜め読みしたときも、人称変化で挫折したような気がする。


[追記]
 他動詞が主語ではなく目的語の数で変化するなんてことが他の言語にはあり得るだろうかと考えているうちに、他の言葉では受動態として処理されているような気がしてきた。「船が、私に、下ろされる」のだったら、船の数で動詞が変化してもぜんぜん不思議じゃない。スペイン語の「音楽は私に好まれる=私は音楽が好きだ」、みたいなやつだな、たぶん。なんにせよ、日本語では動詞が数で変化しないので覚えにくい。……なんて、いつまでも暇そうなことをしていないで、ちと用足しに行ってくる(便所という意味ではなくて)。

めげそうだわ その2

 それと、同音異義語が多いのも頭の痛いポイントで、

wa
1. sake ku wa mokor 酒を飲んで寝る
2. cupka wa kamuy ran 東から神が下りる

 両方とも wa だけど意味が違うのよ。1は「飲んで "そして" 寝る」だし、2は「東 "から" 来る」だし。

ne
1. ne seta ine その犬どうした
2. cikap ta ku=ne 鳥になりたい

 両方 ne だけど、1は「その」で2は「〜になる」


ta
1. huci wakka ta おばあさんは水を汲む
2. ita so ka ta 板の床のところで
3. rera ta ku=ne 風になりたい

 1は「汲む」2は「〜で」3は「〜だったらなあ」という意味。こんなのがけっこうありそう。

追加
4. ta ruy pawse "とても"激しくパウパウ鳴く

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