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▲営繭:最初は粗く糸を吐いて足場を固める。

 早朝と言っても、わたしはお寝坊さんなので六時過ぎですが、蚕の様子を見ると惨憺たるありさまで、蔟から落ちて死んでるのや、蚕座(さんざ)の中で死んでるのが合わせて六頭くらい。どれも頭が黒くなる同じ死に方ばかり。もう写真を撮る気にもなれない。

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▲営繭:繭の形になってきた。糸を取るにはいかに厚く繭を作らせるかが重要だけれど、伝染病発生中なので多くは望むまい。

 生きてる蚕はというと、蚕座で桑を食べてるもの、棒っきれみたいにまっすぐになって寝ているもの。蔟の上で繭を作っているものが少し。あとは透けた体で蔟の上を歩きまわっています。しかも、せっかく作っている繭に糞尿をひっかけて歩いている。なんたる破廉恥な天女様であることか。

 どれが保菌者なのかわからないので、できれば糞尿や吐物で汚し合うのはやめてほしいなと思います。仕方ないので集合住宅をやめて一戸建てを用意してやりました。

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▲名付けてテトラ蔟(まぶし)

 作り方はチャンスがあったらそのうち説明するけれど、牛乳のテトラパックと同じ構造のものを作って一頭ずつ入れてしまうのです。

 これが蚕たちには意外と好評で、徘徊を続けていた蚕たちが急に繭を作り始めたりする。たまに脱走をはかる蚕もいるけれど、その場合は口を閉じてしまえばいいのです。空気さえ通ればいいのだから簡単な話。これなら糞尿や吐物で汚し合うこともないし、死んだ蚕は袋ごと捨てられます。

 しかし欠点もあります。第一に場所をとること。大量飼いしている人には向きません。第二に中がどうなってるのかわかりにくいこと。死んでいても気づかずに過ごしてしまうかも。第三に、自分の糞尿で汚れるかもしれないこと。三番目は水を吸う紙を使えばある程度まで防げます。

 ついでなので、まだずーになりきっていない蚕もテトラ蔟に入れてしまいました。寝ている蚕は間もなくずーになるだろうし、そうでないのも餌を切ったら体の変化がはじまるかもしれないので。

 上蔟が済んだらあとは死にませんようにとお祈りするばかり。で果たしていくつ繭がとれるでしょう。

区画蔟・回転蔟

 蔟は、蚕に綺麗な繭を作らせるための足場なので、どんな形をしていていもよく、昔の人は藁を蛇腹に編んだものを使っていたようです。藁蔟を作る専用の道具なんかもあるらしいのですが、博物館でしか見たことがありません。藁蔟か、折藁蔟で検索すると写真が見られると思います。それと同じ構造で、ワイヤー製のものもあるようですが、これまた実物は見たことがありません。

 祖母の家では紙製の、格子状の蔟を使っていました。区画蔟(くかくまぶし)とか言うらしいです。使わない時は折りたたんでしまえることと、専用の枠を使うと何枚も重ねて天井から下げられるので便利なのです。たぶん、日本中の養蚕農家で愛用されているんじゃないかと思います。

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▲区画蔟

 もう少しちゃんと描こうよと自分でも思うけど、蚕の大量死でやる気が半減してるので勘弁してください。お菓子の箱の中に入ってる仕切りみたいな構造です。祖母の家にあったのは、たぶん農協かどこかで買った専用品だと思うのですが、厚紙に切れ目を入れて組み合わせ、余ったところを折り曲げてホッチキスで止めれば簡単に自作できます。一区画のサイズが 3cm x 5cm 程度になればいいです。区画は蚕の数の二倍くらい必要です。余りがないとうまく繭を作らないのだそうです。

 わたしは後先を考えずに区画蔟だけ作ってしまったので寝かせて使ってますが、何かの空き箱に丁度はいる大きさに作れば立てて使えると思います。次回は立つように工夫してみたいと思います。

 前にも書きましたが、農家では蚕がずーになると庭にたき火をして、区画蔟を一枚ずつ火で炙りながら開いて準備します。養蚕はたいてい女性の仕事ですが、五齢の時期に桑を枝ごと刈ってくる作業と、蔟を炙って広げる作業は祖父もまざってやっていました。上蔟が済むと、あとは繭かきまで養蚕の仕事はおやすみです。誰も喜びを口にするわけじゃないのに浮き立つ空気が子供心にも感じられます。

 農家では、区画蔟を何枚も重ねて木枠に固定して使います。下の図のような形になります。実際の作業ではあまり呼び名を口にしないので、祖母がなんと呼んでたかわかりませんが、一般には回転蔟(かいてんまぶし、かいてんぞく)と言うようです。

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▲回転蔟

 名前のとおり回転する仕組みになっています。これ自体をさらにいくつも連ねて天井から下げて使います。

 回転蔟に蚕をたからせると、蚕がたかっているところが重みで下になります。蚕は上にむかって歩く性質があるのですぐに移動していきます。上が重くなると、ぱたんと回転するので、また蚕は上に向かって歩きはじめます。何度もやっているうちに、気に入った区画をみつけて繭を作り始めるわけです。

 蚕は餌を食べている間はほとんど歩き回りませんが、ずーになると徘徊をはじめます。しかも上を目指すのです。その性質をうまく利用したハイテクです。わたしはこの仕組みが大好きでした。

 仕組みは大好きだったのですが、どうやって蚕をたけるのか、いまひとつ記憶にありません。検索してみると、大量の蚕を回転蔟の上にのせてるみたいなんですが、乗せるというより流し込む感じです。養蚕用語では「振り込む」と言ったりするようです。虫嫌いの人が見たら卒倒するような光景です。

 おそらく、この振り込み作業が「まぶし」の語源だと思います。蚕をまぶす道具だからまぶしです。


 さて、うちのお蚕さんたちはというと……うっ、これを書いてる間にテトラ蔟の中でまた一頭死にました。小便の染みと、吐物の染みは微妙に違って見分けが付きそうです。

タグ: カイコ

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Sari 2008年07月24日(木)22時01分 編集・削除

おー「たける」!!
うちのS坊、栃木生まれで、中学校まで前橋にいたんです。
両親が栃木出身のせいか、とひきどき耳慣れない言葉を発します。
そのひとつが「たける」でした^^
うまい言い方だと思います!

昔の人の知恵って、すごいですね~、必要は発明の母か・・・
回転するところも素晴らしい☆

ここまできたら、一頭でも立派な繭が作れますように・・・

珍獣ららむ~ 2008年07月25日(金)09時00分 編集・削除

 言われるまで気づかなかったけど、たけるは方言だったのか!!

 「人だかり」という言葉があるから、自動詞の「たかる」はやや古い標準語のような気がするけれど、他動詞の「たける」は東京じゃ聞かないかもしれませんね。「たからせる」に変えてもやっぱり聞かない。じゃあ、東京方面ではなんていうんだろう。

「蔟に蚕をつける」なんか物足りない
「蔟に蚕をくっつける」幼児語的な響きがあるなー
「蔟に蚕をつかまらせる」これか?
「蔟に蚕をはりつける」ニュアンスがちがう
「蔟に蚕を付着させる」日常の言葉じゃない!

 やっぱり「たける」じゃないと(笑)

Sari 2008年07月25日(金)14時46分 編集・削除

「たからせる」かな~。
「ハエがたかる」とか、「たかってる」なんて言うし・・・
「たかる」というのに、「たける」と言わないのはおかしいですよね。
S坊は、「壁に額をたける」なんて言ってます。
私は額の場合は「掛ける」と言いますが、
お蚕さまの場合は掛けるじゃ変だし、やはり「たける」ですよね^^

珍獣ららむ~ 2008年07月25日(金)16時24分 編集・削除

 額をたける、ですか。何かを刺激される響きですね。わたしは額だったら掛けるだし、ポスターなら貼るですが、たけると言う人は、確かにいますね。

 あ、くっつけるものが子供だったらたけるかもしれない。「木にのぼりたいっていうからたけてやったんだよ」とか。大きいものに小さいものをひっかけるイメージなんでしょうね。

 そういえば、鬼ごっこの鬼なんかも人にたけてたような気がしてきました。「鬼をたける」なんて表現をそう頻繁にするとは思えないんですが、誰かにタッチして鬼を交替する様子を思い浮かべると「鬼をたける」かな。汚いもの・イヤなものをなすりつけるようなイメージ?

Goudeau 2008年07月25日(金)17時48分 編集・削除

《秋七月に、丹波國の餘社郡の管川のひと瑞江浦嶋子、舟に乘りて釣す。遂に 大龜を得たり。便に女と化爲る。是に浦嶋子、感(たけ)りて婦(め)にす。相逐(あひしたが)ひて海 に入る。蓬莱山(とこよのくに)に到りて、仙衆(ひじり)を歴(めぐ)り覩(み)る。》
(『日本書紀』「雄略天皇紀」二十二年條)

勝手な想像だけど、「たける」が「つがふ」とか「つるむ」との関連から、「くつつく」といふ意味になつたんぢやないかな。つまり「交尾」から派生した語義ではないか?(またしてもエロな説で申し訳ございません)

珍獣ららむ~ 2008年07月25日(金)19時15分 編集・削除

 そのたけるは「猛る」では。感情が激しくなって行くところまで行っちゃいましたーという感じではないかと思うのですけど。表記のとおり「感じて」に近い意味じゃないのかなあ。連想でもくっつく意味にはなりにくいような気がするんですけど。

 それに、オスとメスがくっつくのは「たける」でも「たかる」でもないと思うんです。「若き男女がたかる」と言ったら、ある場所に大勢で集まる意味になりそうです。「たかる」は、自動詞だと書いてしまったけれど、もしかすると他動詞なのかもしれない。どこかに、あるいは、何かにたかるんです(集ると書くらしい)。

 「浦島子が釣り上げた亀にたかる」という文章があるとしたら、亀のいるところにべたべたしつこく一方的に通い詰めるようなニュアンスを感じます。

 かぐや姫に群がる男達は「たかる」ですが、かぐや姫と誰かが相思相愛になるのは、気持ちが猛ることはあっても、集ってないと思うんですよ。

Goudeau 2008年07月25日(金)22時06分 編集・削除

説明するほどにエロな深みにはまりさうな気がしますが・・・

(1)「猛る」「感る」は性的興奮を意味する。一応これを原義とします。
(2)性的興奮は交尾を志向するものであることから、「たける」に「交尾する」「番(つが)ふ」「交(つる)む」といふ意味が付け加はつた。
(3)さらに交尾に限らず、「ある種の性急さをともなつて暴力的にくつつかうとすること」「なにかばつちいものを(笑)無理やりくつつける」やうなふるまひを「たける」と言ふやうになつた。

・・・以上が私の推理です。これ以上ばつちい言葉を無理やり書き込むのはやめておきます。

珍獣ららむ~ 2008年07月26日(土)00時32分 編集・削除

 ゴメン、エロ大いにけっこうなんだけど、これに関しては本当にピンと来ないです。交尾する、つがう、つるむ、あたりのニュアンスと、たけるが自分の中でまるで繋がらないです。

 猛る・哮る・長ける・威・剛・岳・武・毅・建・尊、巧……と、こういうのが全部同じ根っこから発生してそうなのは簡単に思いつくんだけれど、その仲間にくっつける意味のたけるが混ざるような気が全然しないです。くっつける意味のたけるには、高さの概念がまるでないから。壁にとか木に、とかの例が重なってるのはたまたまで、たける場所に高さはいらんです。

 くっつける意味のたけるを何かとこじつけるんなら、託す、手繰る、蓄える……のような単語から攻めるのが適切で、ものが集る(たかる)と山になり、高まるので、猛るにも通じる……とくれば、ああなるほどと騙されるかもしれない。