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子供の頃、とびっこ飯が好きだった

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▲とびっこ飯。30年以上前に、伊勢崎市の某居酒屋のメニューにあった。丼のご飯に、トビウオの卵がどっさりのってるだけという、大胆な食べ物だった。

 わたしは当時これが大好きだった。大人がお酒を飲みに行くのについていって、コーラやオレンジジュースを飲みながら、最後にとびっこ飯を注文する。

 トビウオの卵はイクラに似た透明な朱色でビーズよりも小さい。うま味は大したことなかったかもしれないけれど、噛むとプチプチとはじけて海の香りがした。

 高価なメニューだったかというと、そうでもなかっただろうと思う。きっとイクラ丼よりは遥かに安かったに違いない。

 でも、わたしにとってはイクラ丼なんかより、ずっとずっと、とびっこ飯のほうが魅力的だった。

 だって、イクラはどんな寿司屋さんに行ってもある。スーパーや魚屋さんでも売ってる。決して安いものではないが、お金さえあれば好きな時に丼一杯食べることができる。

 でもトビウオの卵は自由に手に入らないものだった。群馬は海から遠く、手に入る海の幸は限られている。トビウオという魚自体、図鑑でしか見たことがないのである。

 トビウオは魚なのに翼があるそうだ。敵に追われると海の上を鳥のように滑空するという。まるで伝説の生きもののようだ。おとぎ話の中からでてきたような魚ではないか。

 その、めずらしい魚の卵が、丼にどっさりのっているのだから、そこにあるのは金銭的な価値ではなくて、はるかなる海と珍しい生きものへのあこがれである。

 その居酒屋にどうしてトビウオの卵があったのかよくわからないが、そういえば食用ガエルとか、フルーツバットの塩焼きなんかもその店で食べたような気がするから、珍しいもの好きの店主がやってる居酒屋だったのかもしれない。問題のとびっこ飯はその店でもいつしか見かけなくなり、それっきり大人になるまでトビウオの卵と出会うこともなかった。

 大人になってから東京のすし屋にはとびっこの軍艦があることに気づいた。やがて回転寿司が普及しはじめると、それが意外にも安い寿司ネタであることにも気づいた。

 ガッカリしたかというとそうでもない。子供の頃より身近にはなったけれど、やっぱりちょっと珍しいような気がしている。

 東京は群馬にくらべれば目の前が海と言っていいような場所だけど、生きたトビウオを見たことがある東京都民はあまりいないはずだし、東京のスーパーにだってトビウオの卵はあまりない。皆無ではないだろうけれど、かなり探さないと見つからないんじゃないだろうか。

 珍しいものというのは魅力的なのである。値段とは関係ない。普段あまり見ないものが、美味しそうな料理になって出てくることに意味があるはずだ。「あら珍しい、しかも美味しそう!」と客が喜び、なおかつ素材が安いんだったら、こんないいことはないはずである。

 そこへ舞い込んできたのが例の食品偽装事件だ。あるホテルでレッド・キャビアと偽ってトビウオの卵を出していたというのである。赤いキャビア(魚卵)ならトビウオ卵も含まれていそうなものだけど、日本ではレッド・キャビア=イクラ(日本ではシャケの卵、これもロシア語では単に魚卵の意味だけど)だそうで、ホテルは認識の甘さからくる誤表示だったと言い訳していた。

 わたしは複雑な気持ちでそのニュースを聞いた。子供の頃に海へのあこがれをもって喜んで食べた、あのとびっこを、あいまいな表現でシャケ卵の代用品にしていたなんてね。

 なんというか、とてもつまらない。やってる人たち頭固そう。想像力もなさそうだし、創造力はもっとなさそう。そんなことでは、本当に高級食材をふんだんに使えたとしても、面白いものができそうな気がしない。

 わくわくのわの字もないなら、何もホテルのレストランなんかで高いもの食べないよね。ファミレスでいい、っていうか、ファミレスのほうが面白いものが食べられたりして?!

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