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	<title>#青春18きっぷ 岡谷・名古屋・高山の旅 へのコメント</title>
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		<title>寝覚の床、土のひな人形など、余った写真をいくつか &#124; 超・珍獣様のいろいろ より</title>
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		<dc:creator><![CDATA[寝覚の床、土のひな人形など、余った写真をいくつか &#124; 超・珍獣様のいろいろ]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 01 May 2015 05:27:47 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[[&#8230;] 投稿日: 2015年5月1日 作成者: 珍獣ららむ〜             いかんいかん、またブログ更新を怠ってしまいました。一度間があくと何ヶ月でも放置してしまいがちです（いやいや、前回の更新からまだ一ヶ月もたってないですよ？）。やりたい事は沢山あるんですが、ありすぎて時間がつくれません。誰ですか、仕事を退職すると何もすることがなくて鬱になるとか言ってる人は。わたしの仕事手伝いますか？一銭もギャラは出ませんけど生き甲斐はできるかも？（いやそれ、社畜から珍獣様の奴隷に変わるだけなんじゃ…）　とりあえず、貼りそびれた写真貼っときます。▲寝覚の床（長野県）。中央線の車窓から撮影。川による侵食でできた奇岩のある場所。上松駅と倉本駅の間、上り電車だと進行方向左手に見えます。2015年3月16日撮影。　寝覚の床というのは竜宮城から帰った浦島太郎がここで玉手箱を開けたという伝説のある場所です。長野のような海のないところに竜宮伝説なんて、と思うかもしれませんが、実は水のあるところはすべて竜宮とつながっているらしく、群馬には滝つぼの底が竜宮城につながっていた話なんかもあります。　中央線の特急に乗ると、ここを通る時に車掌さんが寝覚の床が見えるってアナウンスするらしいんですが、まだ特急に乗った事がないんですよ。でも、その話を聞いて、鈍行でここを通る時に、いつも撮影に挑戦します。真夏は木が茂ってしまうので、写せるのは冬から春にかけて。通り過ぎるのは一瞬なので難易度が高いです。今回は iPhone で動画をとって、良さそうなところを切り抜きました。　これを撮影していたら、向かいの席に座ってた人が「木曽福島の手前に道の駅があって、そこからだと晴れていたら御嶽山が見える。中央線で御嶽山が見えるのはたぶんそこだけだよ」と教えてくれました。この日は曇ってて見えませんでした。　御嶽山がどんなふうに見えるのか検索してみたら、とある質問サイトで「中央本線の駅の近くで御嶽山なんか見えない、不謹慎な」みたいな回答してるのをみつけました。質問者は噴火を見たかったようなので苦言を呈しているつもりなんでしょうが、テキトーなウソを教えるのも酷いんじゃないですかね。　ちなみに、道の駅木曽福島のすぐそばに立派な神社らしきものが見えたんですが、なんだろうと思ったら、御嶽教木曽本宮という宗教施設らしいですよ。御嶽山がかいま見えるからこそ、そういった聖地がここにあるんですかね（これは想像です）。ちなみに、御嶽山は手前の山の間から、頭だけちょこっと見えるらしいです。覚えておいて次は車窓からの御嶽山撮影に挑戦だ！▲トヨタが紡績機や織機を作ってた時代に開発した綿を紡ぐ機械だったと思います。豊田市内の資料館みたいなところで見ました。写していいのかよくわかんないです、ダメだったらごめんなさい。右のような道具で綿花を筒に詰め込んで、左のような機械にセットします。写真では切れてますが、上に糸車があります。機械を動かすと、糸車で巻き上げながら、下の筒が回転するのでよりがかかる仕組み。写真に写ってるのはたぶん模型で、ハンドルがついてて回してみられるんですが、筒が回るだけで糸車で巻き上げる部分は動作してませんでした。なんだつまんない。　これも豊田市内の資料館みたいなところにありました。うーん、撮影はダメとは書いてなかったよ。ダメっぽそうなところでは写さないようにしているつもりです、いちおう。昔の街道に設置された道案内なんでしょうが、「松平・おかざき」って書いてある上に、指さしてる手が書いてあるのが面白いなあと思って。江戸時代（？）にもこんな表現あったのね。▲これも豊田市内の資料館的なところで撮影。左はひな祭りの企画展示。貧しい時代に普通のひな人形を買えなくて、土人形を飾ったっていう説明があったような気がしますけど、土人形だと安いんでしょうか。現代だと土人形も高そうな気がするので、そこらへんの高級と粗末の感覚がよくわかりません。　土人形は断飾りのひな人形みたいに京都御所を再現したものじゃなくて、歴史上の人物を形作ったものばっかりです。子供を肩に乗せてる人形が面白くて写しました。この人形は秀吉と三法師だそうです。三法師は信長の孫で、信長が死んだ時三歳だったそうですが、秀吉が無理やり推薦して織田家の後継者にしちゃったらしいですよ。そういう歴史上の出来事をかたどったひな人形が、あっちこっちの資料館に飾られていました。そういえば群馬の相川考古間ってところでは、五月人形としてこういう土人形を飾ってるのを見た事がありますよ。　右の獅子は屋根瓦です。資料用の新しいものなのか、どこかの建物を取り壊した時に寄贈されたものなのか、そこらへんはよく覚えてませんが、瓦の産地らしくて（そういえば三州瓦って良く聞きますよね）、古い建物の屋根に立派な瓦が目立ちます。◎青春18きっぷ 岡谷・名古屋・高山の旅http://www.chinjuh.mydns.jp/wp/20150309p1274　旅の様子はここらへんにまとめました。これ自体が長文で一覧性がないですが、ここからリンクをたどると旅行記をまとめてよめます（たぶん）。まあ、うちはまとめて読まなきゃいけないサイトじゃないので見ろという意味ではないです（笑）　なんか調べたい時に検索するとヒットすればいいなと思って作っており、つまみ食いこそ正しい楽しみ方です。　ついでなので近況とかも。旅行関係　愛知県方面の旅行のあと、あまった切符で鎌倉へ行きました。その後、おともだちの車に乗せてもらって静岡県の下馬桜というものを見に行って、帰りに富士山信仰関係の聖地を偶然みつけて見に行ったりしました（ろくに食事もしない日帰り強行軍でｗｗｗ）。これらもそのうち時間をみつけて記事にする予定、たぶん。博物館　ツイートはしましたが、国立歴史民族博物館ってところで大ニセモノ展とかいうの見ました。いつまで？もうすぐ終わる？いや、もう終わってるかな。書画骨董の偽造品や人魚のミイラの展示なんかがあるんですが、これが想像より面白かったです。展示物を見ながら解説をしてもらえるのですが、わたしが見に行った時は山梨県の農村にあったという、武田信玄の証文だか許可証だか、そういうものの解説をしてました。昔の税金（年貢）は米で納めるのが決まりなんですが、この村に限っては現金で納めてもよいと武田信玄の書名入りで書いてあるらしいです。しかし、これがみんなニセモノだそうで、しかもあっちこっちの村にあったらしいです。　なぜそんなもののニセモノが大量に存在してるかっていうと、江戸時代になると貨幣価値が下がりました。いわゆるインフレってやつですか。たとえば1俵の米が1円だったとして、貨幣価値が下がると2円ないと買えなくなったりします。逆の方向から見ると、以前は1俵の米が1円にしかなりませんでしたが、貨幣価値が下がると2円で売れます。　米1俵は何年たっても米1俵ですけど、決まった金額を現金で納めればいいならば、貨幣価値が下がれば下がるほど村は儲かるという仕組みだそうで、検地にくる役人に偽の許可証を見せて「このとおり、我が村は武田信玄公の時代より、年貢を貨幣でおさめるお許しを得ております」と納得させて追い返してたらしいんですよ。　書いててわたしも気付きましたが、米なら豊作の時は多く納めさせたと思うので、貨幣で納入する場合も米の市場価格にあわせて増減しそうな気がするんですが、そこらへんの詳しい事情はよくわかりません。とにかく、村はそれで潤ってたそうです。時代劇の影響で、農民は虐げられているものと思いがちですが、案外したたかに生きていたのかもしれないです。したたかっていうか、最初は偽証文でも、何世代か続けるうちに事実として信じられていたかもしれないですよね。　さらに面白いのは、徳川幕府が倒れ、明治政府になっても、山梨の農村では同じことをしようとしたそうで、うまく要求が通らないのに腹をたてて「明治時代になってから」農民一揆を起こしたとも言ってました。　ちなみにこれ、ぜんぶ立ち聞きのうろおぼえで調べてないです。調べるのめんどくさいのでこのへんに書き捨てておきます（笑）養蚕関係　とある場所からお蚕の種を手に入れたので、今年もお蚕をやります。表向きにはレポートを書かなきゃいけないところから購入したんですが、どうも手続きがよくわからないので催促されるまで待ってみようと思い、なーにもしてません。必要なら催促してほしいような気がするんですけど、されなかったらたぶん忘れちゃうので、忘れた頃に言われたら嫌だなあなんて言いながら放置しています。連休あけくらいに掃き立て（孵化）の予定。お蚕は、成長過程の写真くらいは貼ると思います。ちなみに、養蚕は本当に趣味です。祖母は養蚕家でしたが、わたしのはガチで趣味です。だって芋虫好きなんだもん（あと手作業も好きなの。体が10個くらいあったらほんとうにいろんなことをしてみたい）。手芸関係　吉祥寺の某店でインド式の糸車を購入。7000円くらいでした（金欠の昨今、わりと清水の舞台的な金額ｗ）。ためしに生糸によりをかけてみたら、あまりにも仕事がはかどるので感動の嵐ですよ。これで真綿（繭を茹でてほぐしたやつ）を紡げないかなと思うんですが、もともと綿花を紡ぐものだそうで、繊維の長い絹だとどうかなあ、とお店の人も言ってました。まあ、使い方次第かもしれません。うまくするとブログのネタになるかもしれないですね。　あと、夏に向けて着物も縫いたいですね。250円/1mくらいの洋服用の木綿地を4mほど（対丈で着るつもりなので。おはしょりするなら5mくらいあったほうがいいかもね）用意してあるのでそのうち一気にやったる、と思っているのですが、早くも夏の陽気です。ぎゃー。文字ネタ　トンパ文字等の文字ネタも忘れてるわけじゃないのでそのうちやるつもりです。たのしい園芸　去年育てていたスペアミント・ペパーミントが芽吹いてまいりました。そろそろいろんなものを栽培する季節です。連休明けにでも苦瓜の苗を調達するか…冒険者としての生活　ドラゴンクエスト10がver3.0になり、たぶん、5月いっぱいは冒険者生活が充実すると思います。大丈夫です盛り上がるのはたぶん1ヶ月ですからー。　そんなこんなで、とっちらかっています。    カテゴリー: 旅行 タグ: 愛知県, 神話伝説, 長野県 パーマリンク [&#8230;]]]></description>
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