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二重の箱の中の美女
 『千夜一夜物語』より

 昔、あるところに、ふたりの王様がいました。
 ふたりとも黒人奴隷に自分の妻を寝取られて、すっかり気力を失っていました。もう、いくらお金があっても楽しくありません。政治にも興味を失って、街から街へときままな旅をしていました。

 ある日、王様たちが気晴らしに狩りをしていると、おそろしいイフリートが大きな櫃(ひつ)を担いでやってきました。

 あわてて木にのぼり様子を見ていると、イフリートは櫃の中から大きな箱を取りだして、蓋をあけました。すると、箱の中から美しい女の人が出てきました。

 イフリートはひどく疲れた様子で女の膝に頭をのせると、すぐに寝息をたてて眠ってしまいました。

 しばらくすると、女はイフリートの頭からそっと膝をはずし、木の上に隠れている王様たちに降りてくるよう呼びかけました。

「大丈夫、イフリートはすっかり眠っていますから。おとなしく降りてこないと、イフリートを起こして襲わせますよ!」

 王様たちがおそるおそる木からおりてくると、女はこんなことをいいました。

「さあ、おふたりのお槍で、わたくしを突いてくださいませ。そうして下さらなかったら、今すぐにイフリートを起こして恐ろしい死に方をさせますよ」

 なんということを言う女でしょう。おそろしい魔神の前で、自分を抱けというのです

 しかし、ここで騒ぎ出されたら、結局はイフリートに握りつぶされてしまうでしょう。王様たちは、決心して、かわるがわる女を抱き、空になるまで激しく突きました。

 すべてが終わると、彼女は満足そうな顔をして「おふたりとも、とてもお上手ですわ」と微笑みながら、袋の中から首飾りをとり出しました。

 首飾りと見えたのは、五百七十もの指輪を紐で連ねたものでした。ひとつひとつの指輪が印章になっており、名家のものとおもえる紋章が刻まれています。

「これらの印章の持ち主は、みなイフリートの何も感じない角を尻目にわたくしとまぐわったものでございます。どうかおふたりも、わたくしに印章をくださいませ」

 ふたりは顔を見合わせて、それぞれに自分の指から印章を抜き取り、女に与えました。

 彼女は、王様たちの指輪を紐に連ねると、美しく微笑みながら言いました。

「おふたりは、わたくしが妖魔か何かだとお思いでしょう?
 わたくしは人間の女でございます。婚礼の夜にイフリートにさらわれました。普段は櫃に入れられ、七つの鍵により封じられて、荒海の底に沈められております。
 このように自由を奪われてはおりますが、わたくしたち女が強く望むことは、何者にも妨げることはできません…そのことは、もうおわかりですね」

 女の言葉を聞くと、王様たちは自分の身に起こったことが取るにたりないことのように思えました。イフリートの魔力を持ってすら、女ひとり思い通りにはできないのです。ましてや人間である自分たちが、妻を思い通りにできなくとも、ちっとも恥ではないのです。

 こうしてふたりは国に帰り、再び政治をおこない、立派に国を治めたということです。


 『千夜一夜』物語は『アラビアンナイト』とも言われています。シンドバッドやアリババの話を知っていますよね。ああいった、奇想天外なお話をたくさん集めたものです。
 
 あるところにたいそうスケベーな王様がおりまして、毎日ひとりずつ女を選んでは自分の寝床に招き、やりたい放題やりまくって、翌日には殺してしまうという残虐な行為を繰り返していました。
 
 ある日、シェラザード姫とその妹が、みずから王様の夜伽の相手をかってでて、これから毎日とても面白い話をするので、その話がつまならかったら自分を殺してもいい、けれど、面白かったら次の夜を待ってくださいと、次から次へとお話をするという設定になっ
ています。
 
 お話の中に出てくる「黒人奴隷」ですが、奴隷と訳されてはいますけど、言葉ほど虐げられてはおらず、かなりの自由を認められていたし、場合によっては王様の補佐をつとめるほど出世する人もいたようです。なので、王様が奴隷に妻を寝取られる、なんてことも本当にあったんでしょうね。
 

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