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女人大きなる蛇に婚せられ、
 薬の力にて、命を全くすること得る縁
『日本霊異記』中巻第四十一より

 河内国更荒の郡馬甘の郷に、裕福な家があった。
 大炊天皇の御代、天平宝字の三年己亥の夏の四月のこと。
 この家の娘が桑の木にのぼって葉を摘んでいると、そこへ大きな蛇がやってきて、娘のいる枝をめざしてズルズルとのぼって行った。

 通りがかりの人たちが「蛇がいる、気を付けて」と注意すると、娘は蛇におどろいて木から落ちてしまった。
 すると蛇も一緒に落ちてきて、娘に絡みつき、陰部にもぐりこんでしまったので、娘は恐ろしさと恥ずかしさのあまり、気を失って倒れた。

 娘の父母は大変おどろいて、娘を蛇と一緒に戸板に乗せて家に運んだ。
 腕のよい薬師(医者)をつれてきて診てもらうと、
「一刻も猶予はなりませぬ。娘さんは蛇の子種を宿してられる。はやく蛇を胎児して、蛇の子を堕胎せねば」
という。それには堕胎薬が必要だ。

 薬師の指示で三尺の黍藁を三束焼いて灰にし、これを湯にとかして汁を三斗つくり、二斗まで煎じ詰めて、猪の毛を十つかみ刻んで粉末にしたのを汁に混ぜた。
 それから娘の体を、頭が足につくまで折り曲げて、陰部が上を向くように杭につり下げた。
 そうして、先ほどの汁を陰の口に入れる。汁はたっぷり一斗も飲み込まれていった。
 薬が効いたのか、やがて娘の陰部から大きな蛇が出てきて逃げて行こうとするので捕まえて殺した。
 また、蛇の子も女陰から出てきた。まるで蛙の卵のような状態で白く凝り、薬に混ぜた猪の毛が蛇の子の一匹一匹に刺さって死んでいた。これが女陰から五升も流れ出した。さらに残った汁一斗を女陰に流し込むと、中に残っていた蛇の子もすべて流れてしまった。

 娘もやっと正気をとりもどして、
「悪い夢を見ていたような気がします。でも、すっかり目がさめました」
と、言った。
 なお、先の薬は非常に効き目の強いものであるから、みだりに用いてはならない。

 こうして一度は救われた娘であったが、三年後に再び蛇と交わって死んだと言う。
 娘は蛇に対して深い愛情を抱くようになり、死ぬというその時、蛇の夫と、その間にうまれた子に
「死んでも来世でまた蛇と結ばれるでしょう」
と言い残したということだ。

 

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