弟切草
 
 
弟切草(一)

 あるところに仲のいい兄弟がいた。あんまり仲がいいので「御神酒徳利」だなんて言ってはやしたてる者もあった。神棚に御神酒をささげるのに使う徳利(とっくり)は二本セットで同じ形をしている。兄弟は歳もひとつ違いで、顔もよく似ていた。

 似ているのは顔だけじゃなく、性格や好みまでよく似ていた。ある日、兄弟して同じ女に惚れ込んで、どちらも自分が嫁にするのだと言って引かなかった。あれほど仲のよかった兄弟はとうとう仲違いをして、刀で切り合いをはじめた。

 夢中で切り合っているうちに兄が弟を切り殺してしまった。血を流して倒れている弟を見て、兄は自分がとんでもない間違いをおかしたことに気が付いた。

「なんてことだ。女にうつつをぬかして弟を殺してしまった…」

 後悔先に立たずというが、死んでしまったものはもう生き返らない。兄は弟を葬って、一生後悔しながら暮らしたという。

 その後、弟の墓には黄色い花の咲く草が生えてきた。
 その草の葉を日に透かしてみると、まるで血をたらしたような黒い点が見える。きっと殺された弟の血を吸ったせいだと、人々はこの草を弟切草(おとぎりそう)と呼ぶようになった。
 弟切草は傷の妙薬で、この草を煎じて傷を洗えばたちどころに治ると言われている。仏さまが悲しい出来事をあわれんで、この草に霊力を授けたのだということだ。
 

弟切草(二)

  むかし、花山天皇のころに晴頼という鷹匠がいて、飼っている鷹がケガをすると、どこからか薬草をとってきて治してしまうのだった。そのような効き目のある草ならば是非とも教えてほしいとたずねる人もいたが、晴頼は誰にも教えなかった。

 さて、晴頼には弟がいてたいそう仲よく暮らしていたが、ある日、他人に薬のことをたずねられて、ついうっかり口をすべらせてしまう。

 兄は怒って弟を殺してしまうが、この弟のおかげでこの草が傷の妙薬であることが人に知られるようになり、そのためこの草が弟切草(おとぎりそう)と呼ばれるようになった。
 

◆こぼれ話◆

 弟切草(二)は『和漢三才図会』という江戸時代に成立した本草書に出てくる逸話である。弟の死と薬の効能にはまったく関係がなく、弟のおかげでその薬が人々の手に渡るようになったという話。

 (一)は山形の昔話で、弟切草がなぜ傷の妙薬になったかを説明している。

 (一)と(二)を合体させたような話も伝わっている。弟はある女に恋をするが、その娘の兄もまた鷹匠で薬の秘密を知りたがっていた。そこで妹を通じて晴頼の弟をそそのかして薬の秘密を聞き出すが、晴頼はそのことを怒って弟を切り殺してしまったという。
 

 
目次珍獣の館山海経博物誌直前に見たページ