鬼婿どの
 
 
 ある日、爺さまが田んぼへゆくと、田植えがおわったばかりの田んぼに水がなかった。
 水路にでーっかい岩がころがって、田んぼにはいる水を止めておったんだと。
「こら、とてもじゃないが動かせねえ。この岩をどかしてくれたら、わしの娘を嫁にやってもいいんだがのう」
 爺さまが困っていると、真っ赤な顔をした鬼がやってきて、
「なら、俺がどかしてやる」
と言って、岩を素手でつかんで、えいやーっと投げ飛ばして、
「たしかにお前の娘をくれるんだろうな」
って言うんだと。
 今さら鬼にはやれんとは言えないから、爺さまは仕方なく、娘を嫁にやることにしたんだって。

 爺さまの娘はかしこい子でのう。
 鬼のところへ嫁に行けといわれても、にっこりわらって言うんだと。
「おらのことは心配いらね。道中、豆をまきながら歩くから、豆に花が咲くころ、花をたどってむかえにきてくれろ」
と言って、鬼と一緒に山へ行ってしまったんだと。

 やがて豆の花が咲きはじめると、爺さまは娘をさがして山へ行ったんだと。
 花をたよりに歩いていると、大きな洞穴の前で娘が洗濯物を干してるのに行き会った。
 娘は大喜びで爺さまをむかえたが、
「だども、もうすぐ鬼が帰ってくるで、今は一緒にいかれね」
って言うんだって。
 そこへ鬼が帰ってきたので、
「里からおっとうが遊びに来ただ」
というと、鬼も喜んで、
「なら今晩は御馳走にすべ」
と、娘に美味しいものをたんと作るように言ったんだと。

 けど、鬼は内心で爺さまのことを食ってしまいたいと思っていたから、
「これから豆の食いくらべをしよう。負けたら何をされても文句はいいっこなしだ」
と言うんだって。
 でも、かしこい娘は爺さまにやわらかく煮た豆をやって、鬼には生のままの固い豆に小石をまぜてやったので、この勝負は爺さまの勝ちになったんだと。
 次の日は、どちらが長く縄をなうか勝負しようというんだけど、鬼の縄が長くなると、娘がこっそり切ってしまうので、この勝負も爺さまの勝ちになったんだと。
 何をやっても爺さまに勝てないので、鬼はふてくされて、千里車に乗って人間を食いに行ってしまった。

 逃げるなら今しかないと、娘は爺さまといっしょに、鬼の五百里車に乗って、どこまでも逃げていったんだと。
 夕方になると鬼が帰ってきて、娘と爺さまがいないのに気づいておいかけてきた。
 娘のは五百里車、鬼のは千里車だったから、どんどん追いついてくる。
 すると娘は五百里車を大きな川に突っ込んだんだと。鬼の千里車は水の中を走れないから、娘はどんどん遠ざかって行った。

 鬼は怒って、
「こんな河、飲み干してやる」
と、でっかい口をあけて、河の水をがっばがっばと飲み始めた。
 たちまち河は干上がって、鬼の車が追いついてくる。
 爺さまが、もうダメだと頭をかかえると、娘は急に尻をまくって、鬼にむかってぺたぺたとたたいて見せたんだと。
 すると鬼は、げらげら笑い出して、飲み込んだ水をがっぱがっぱと吐きだしてしまったんだと。
 鬼は河の水と一緒に流れていってしまったので、娘と爺さまは無事に帰ることができたんだってさ。
 

◆こぼれ話◆

 猿婿型の異類求婚譚。「猿婿入」と同じで鬼には大した落ち度はないが撃退されてしまう。鬼が追いかけてくるところは「三枚のお札」にも似ている。

 娘が陰部を晒して鬼を追い払うのは面白い。アイヌも魔物を追い払う時、おかみさんがまたをひろげてヘラでたたくという。
 昔、タモリが「安産スッポン」といいながら、おかしな模様を描いてゲストに渡していたが、女の人のあそこには魔よけの意味があるのであながちデタラメな行為でもなさそうだ。
 

 
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