座敷わらし
 
 
毒きのこ

 むかし、土淵村山口というところに古くから続く旧家があった。
 この家には子供の姿をした守り神がいて、普段は目に見えないけれども、この家に悪いことがおこりそうになると姿を現して、それとなく教えてくれるのだそうだ。

 この家の三代目の孫左衛門という男は今でいうインテリで、京都まで勉強しにいったほどだが、都で流行っている稲荷信仰にかぶれて、土淵村の屋敷にお稲荷さんの社をたてて祀ったという。

 それから間もなく村の者が「女の子が出て行くのを見た。どこのワラシだろうと顔を見たけど、まるで知らないワラシだった」と噂しあっていたが、その時はとりたてて何もおこらず、みな忘れてしまった。

 ある日、孫左衛門の家の梨の木に、大きな茸が生えてきた。
 実にうまそうな茸だったが誰も見たことのないものだったので、三代目がさっそくお稲荷さんにお伺いをたてて、紙の札を狐に引かせてみたところ「食わぬがよし」の札が出た。

 そこでいったんは茸を捨ててしまうことにしたのだが、下働きの男が
「稲荷の使いだかなんだかしらんが、狐のいうことなんかあてにはならん。苧殻(おがら)と一緒にガシャガシャ洗って食えばいい」
と言って、茸鍋にして食べてしまった。

 苧殻というのは皮をはいだ麻の茎のことだ。むかしから茸は苧殻と一緒に洗って食べれば中らないといわれているが、大した根拠はないということだ。

 みな最初は半信半疑でいたが、先に食べはじめた男がなんともないのを見て、おいしそうな匂いのする鍋を全員でつつきはじめた。

 ところが、しばらくすると全員が苦しがり、外へ遊びに行っていた七歳の娘を残して全員が茸に中って死んでしまった。こうして代々つづいた旧家は絶えたという。

 今思えば、村から出て行った見なれない女ワラシは孫左衛門の屋敷にいた守り神だったのだろう。都から立派な神様を招いたところで、その言葉に耳を貸さないのでは少しも助けにはならない。ましてや昔からの守り神をないがしろにしたのでは、みすみす運をのがすようなものだ。

牛洗ってやれ

 東北のあるむらに、何百年もつづいた旧家があった。
 昔は使用人が何十人もいたが、今は家のものが小さな畑をやっているだけだった。

 ある日、婆が畑で働いている家のもんに弁当を持って行こうとすると、十歳ばかりのわらし(子供)が現れて、
「婆、こしまがって、重たい弁当もってゆくの大変だべ。おらが持ってゆくだ」
といって、弁当をかついで走っていってしまった。

 いったいどこの子だべなあと思っていると、昼すぎに嫁が帰ってきて、
「婆、たいへんだ。今日の弁当は竹の葉っぱばかりで空っぽだ。何かもっていかねと、みんな腹へらしてこまってる」
という。わらしに弁当とられたと、婆はくやしがりながら、もういっぺん弁当をつくって嫁にもたせた。

 次の日、嫁が牛を引いて歩いていると、
「下の川で牛っこ洗ってやれ」
という、声が聞こえた。
「うん、わかったよ」
と、返事だけして、嫁はしらんかおで歩いてゆく。
「はやく牛あらってやれ」
 また声がする。
 それでも嫁が知らん顔しているので、十歳ばかりの子供が出てきて、
「その牛のおかげで家がつづいているだど。たまには洗ってやれ。言うことをきかないと家がつぶれるぞ」
というので、嫁はあわてて川へおりていって、牛を洗ってやった。

 家に帰ってその話を婆にすると、
「そりゃきっと、座敷わらし様だ。昨日わしが見たわらしも、きっとそうだったんだのう」
という。
 座敷わらしは古い家に住んでいて、いつもは家を守ってくれるいい神さまだが、家がつぶれそうになると姿を現すんだということだ。
「それじゃ、この家があぶないってことだか」
「いんや、牛っこ洗ってやったから大丈夫だろ。きっと、牛が汚くていやがってるのを教えてくれたんだべな」

 その夜、家のもんが寝静まると、どすん、どすんと、家がゆれはじめたんだと。
 婆が布団をかぶってふるえていると、どすん、どすんと、あんまりゆれるので、枕から頭が落ちてしまった。
「婆、今夜は手枕で寝れ」
 耳元で子供の声がするので、はあ、座敷わらしさまだなや、と思って、枕をはずして手枕で寝たんだと。

 布団のすきまからそっと覗いてみたら、三人のわらし様が、枕をとりあったり投げ合ったりして遊んでいたんだと。
 ああ、やっぱり座敷わらし様だと思って、布団の中で手をあわせて、
「これからも家を守ってくだされ」
と、お祈りしたってことだ。
  

◆こぼれ話◆

 土淵村山口というのは、今でいう遠野地方のこと。このあたりの古い家には座敷童と呼ばれる子供の姿をした守り神がいるそうだ。その家が気にいれば家を守ってくれるが、気に入らなくなるとプイっといなくなる。座敷童が去ってしまうと、どんなに栄えた家でも急に没落するという。
 

 
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