鬼と山伏
 
 
 むかし、ある山に乱暴ものの鬼がおってのう。ふもとの村におりてきては、お百姓さんが大事にしている牛や馬をぶち殺したり、畑のものを盗んで食べておったんだと。

 このまんまじゃ暮らしていけなくなるというので、村人たちはえらい山伏を呼んできて、鬼を退治してくださいとたのんだんだと。

 ちょうどその頃、村では麦が実って、村中の畑で麦の穂がさらさらと風になびいておったんだと。そこへ鬼がやってきて、麦畑を踏みあらして遊び始めたんだと。

 そこで山伏は、鬼に近づいていって、
「このあたりにたいそう立派な鬼どのがいると聞いて、わざわざ訪ねてまいりました。お近づきのしるしに一席もうけますゆえ、明日の晩またおいで願えませぬか」
と、鬼を食事に招いたんだと。

 次の日、鬼がやってくると、山伏は酒をふるまい、酒の肴(さかな)だといって、自分の皿には豆腐とタケノコを、鬼の皿には白い石と輪切りにした竹を盛って出したんだと。

 山伏がうまそうに豆腐とタケノコを食っているのを見て、鬼も自分の皿のものにかじりついたが、石はガチンガチン、竹もゴチンゴチンでちっとも歯が立たない。

 鬼はすっかりおどろいて、
「おい山伏。おまえ、見かけによらず、すごい力を持っているな」
と言うので、山伏はすました顔をして、
「豆腐とタケノコは人間の好物でしてなあ。豆腐など赤ん坊でもよろこんで食べますぞ」
と、言うんだと。

 鬼は心の中で「今まで馬鹿にしておったが人間というのはとんでもない力を持っているのかもしれん」と思って、落ちつかないそぶりでそわそわしておるんだと。

 それを見た山伏は、
「そういえば鬼どのはたいそうな力持ちだということですな。しかし、人間も捨てたものではありませんぞ。その気になれば地べたをひっぺがして、すっかり裏返しにすることだって出来るのですからなあ」
と言って、鬼を麦畑につれていったんだと。

 そこは昨日、鬼が踏みあらして遊んでいた畑だったが、すっかり刈り取りがすんできれいに耕してあったんだと。

 それを見た鬼は人間が地べたをひっぺがして裏返しにしたのだと、本気で思いこんで、
「まいった。人間にこんな力があるとは知らなかった。わしの負けじゃ。もう悪さはせんから許してくれ」
といって、山へ逃げていったんだと。

 それからは、この村に鬼が出ることはなくなったということじゃ。
 

 
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