竜宮女房
 
 
 昔、貧乏な若者がおっての。
 病気の母親にうまいものでも食わしてやろうと、山で花を摘んで売りに行ったんだと。
 ところが、いくら売り歩いても誰も買ってくれん。
 売れ残った花を持ち帰っても仕方がないと、
「竜宮の神様に届きますように」
と、海へ流したんだとさ。
 すると波間から亀が出てきて
「竜宮では花を切らしてこまっておりました。お礼におもてなしいたしましょう」
と、若者を背中に乗せて海にもぐっていったんだと。

 海の底へ向かう道々、亀が言うんだと。
「もし帰りたくなったら、竜神様が土産は何がいいかとおたずねになるでしょう。そうしたら娘さんを嫁にほしいと言うんですよ」
 若者は竜神様の娘を嫁さまにするなど滅相もないことだと思ったけど、うんうんと聞いておいたんだと。

 竜宮につくと、美しい魚たちが若者を歓迎してくれたんだと。
 めずらしい食べ物やお酒がつぎつぎに運ばれてきて、とうぞどうぞとすすめられる。
 そうしてうるうちに、あっという間に三日がすぎてしまった。
「村に母親を残しているだで、おらはそろそろ帰りますだ」
 若者がそういって暇乞いをすると、竜神様が
「それなら土産を持たせよう。なんなりと申すがよいぞ」
と、言ったんだと。
 それで亀の言うことを思いだして、
「なら、娘さんを嫁にくだされ」
と、言うてみた。
 すると竜神様は喜んで、
「よしわかった。娘を嫁にやろう」
と言って、若者の望みをかなえてくれたとさ。

 若者が嫁さまを連れて帰ると、家の様子がおかしい。
 村の者があつまって、何かしているんだと。
「一体何があっただか」
 若者が聞いてみると、隣の家の者が
「あんた、三年ものあいだどこさ行ってただ。ついさっき、おっかさんが息をひきとっただよ」
と、言うんだって。竜宮で三日すごしたら、村では三年たっておった。
 若者は悲しんで、自分が遊んでおったばっかりに、おっかあの死に目に会えなかったと、わんわん泣き出した。
 すると嫁さまが竜宮から持ってきた「生きむち」というもので、おっかさんの体を三度なでたんだと。
 たちまちおっかさんは息をふきかえして元気になった。

 それから嫁さまは打出の小槌でぼろ屋を新しくして、食べるものや着るものを出してくれたんだと。おかげで若者は、おっかさんにも楽させてやれるようになったし、毎日しあわせにくらせるようになったんだと。

 そのうち美しい嫁さまのうわさがお城の殿さまの耳にもとどいてのう。
 どうしても嫁さまを自分のものにしたいと思って、
「明日までに千石の米を持ってこい。できなければお前の女房を差し出すのじゃ」
と、若者に無理難題をふっかけてきた。
 若者が途方にくれていると、嫁さまが竜宮から米をとりよせて、千石耳をそろえて用意してくれたんだと。

 殿さまは驚いて、
「よし、お前はよっぽどの長者とみえる。明日、家来を全部つれてお前の家にゆくから酒と料理を用意しておけ。少しでも足りなかったら許さぬぞ」
と、言うんだと。
 それて次の日になると、家来に殿さまの服を着せて、行列の先頭に立たせて、自分は家来のかっこうをして、いちばん後ろにかくれて若者の家に行ったんだと。
 殿さまの行列がやってくると、嫁さまには先頭にいる殿さまの様子がおかしいのがわかったんだと。それで、行列のいちばん後ろで偉そうにしている家来に近づいて、
「ようこそおいで下さいました。御馳走の準備がととのっております」
と、言ったんだと。

 いたずらを見破られた殿さまは、このかしこい嫁をどうしても自分のものにしたくなって、
「百人の男女を集めて踊らせろ」
と、言うんだって。
 嫁さまが竜宮から持ってきた手箱を開けると、中から大勢の小人が出てきて笛や太鼓でにぎやかに踊り始めたんだと。
「次は、うんと勇ましいものが見たいぞ」
 殿さまが調子にのって、また無理難題をふっかけてきたので、嫁さまは
「本当によろしいのですか。どうなっても知りませんよ」
と、手箱をあけて、中から小さな兵隊を出して殿さまを責めさせたんだと。

 殿さまも家来も小人たちに殺されてしまったので、それからは若者が殿さまになって、お城で幸せにくらしたということじゃ。
 

◆こぼれ話◆
 「鼻たれ小僧」にも似ているが、結末は「絵姿女房」に似ている。絵姿女房は殿さまにさらわれてしまうが、殿さまをうまくだまして城から追い出し、もとの夫を城主にしてしまう。

 この手の昔話は世界中にある。

 イスラエルの昔話では、若者がある事情から美しい妖精を妻にする。若者の父親が嫁の才覚をためそうと無理難題をふっかけてくるが、そのたびに妖精は不思議な力で切り抜ける。若者の兄が妖精を自分のものにしたいと悪い企みを抱くが、妖精はいち早く察知して姿を消してしまう。「鉄の靴を履いて私をさがしてください。靴の底がすり切れる頃に、きっと再会できるでしょう」と言い残して。その言葉通りに再会して幸せに暮らす。

 また、シベリアの昔話では、ある男が狩りにゆくと白鳥が皮をぬいで人間の娘になり水浴びをしているのを見る。男は白鳥の皮を隠して娘を嫁にするが、悪い王様がこの娘を気に入って、男に無理難題をおしつけ、果たせなかったら妻を差し出せと要求する。けれど、妻の不思議な力で切り抜けて、最後には王様をやっつけて国を自分のものにする。

 
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