猿の肝
 

 海の王さまがおもい病気になりました。えらいお医者さまがよばれ、王さまの病気を診察すると、
「この病気をなおすには、猿の生き肝がいちばんよい薬でございます」
と、いいました。

 そこで、家来のクラゲが猿の生き肝をとりにいくことになりました。そのころのクラゲは今とちがって骨があり、魚のようにきびきびと泳ぐことができました。

 クラゲは浜で芋をあらっている猿をみつけ、
「猿どの、おむかえにあがりました。海の王さまが、ぜひ来てくださいといっています」
と、いいました。

 猿は小おどりして
「そりゃすばらしい。いちど竜宮というところへいってみたかったんだ」
と、クラゲの背中にとびのりました。

 クラゲは猿をのせて沖のほうまで泳いでいきました。ふいに猿が
「ところで、海の王さまが、わたしになんのご用ですか」
と、いいました。

 クラゲはまじめな魚でしたが、少々まぬけで頭がよわかったので、王さまのために猿の生き肝をとってくるようにいわれたと、正直に話してしまいました。

 すると猿は、残念そうにいいました。
「ふーん、そうかい。そういうことならわたしはお役にたてそうもない。わたしの肝は今朝がた洗濯して家にほしてきてしまったので」

 肝をもっていない猿をつれてかえってもしかたがありません。クラゲは陸にひきかえし、
「猿どの、すぐに家にかえって肝をとってきてください。わたしはここで待っていますから」
と、いいました。

 猿はクラゲの背中からとびおりると、
「馬鹿なクラゲめ。肝を洗ったりできるもんか」
と、笑いながらどこかへ行ってしまいました。

 クラゲは、ほかに猿がいないかとさがしましたが、みつかりませんでした。しかたなく、手ぶらで海にかえると、こわい顔をした大臣が、
「ええい、この役立たず。おまえなどこうしてやる」
といって、クラゲから骨をぬいてしまいました。

 それからクラゲには骨がなくなり、ゆらゆらと水に流されるだけの生き物になったということです。
 

 
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