枯野船
 

 仁徳天皇の時代に、大きな木がありました。その木がどこにあったか、正確な位置はわかっていませんが、朝日があたれば淡路島に影をおとし、夕日があたれば大阪に影を落とすほど大きな木だったということです。

 この木を切りたおして船をつくることになりました。その船は枯野という名前で、帝がお飲みになる水を淡路島の泉から運ぶのにつかわれていました。

 その船が古くなりつかえなくなると、浜辺で焼いて塩をとることにしました。船に火をかけると、炎が天たかく立ちのぼり、ごうごうと音をたてて船は塩をふくんだ灰になっていきました。

 ところが、どうしても焼けずにのこってしまった部分がありました。その部分をよくみがいてみると、小さな舟のかたちをしていました。そこで、その舟に弦をはって琴にしてみたところ、七つの里をこえて音がひびく、すばらしい楽器になったということです。
 

◆こぼれ話◆

 日本最古の歴史書『古事記』に出てくる話。北欧神話のユグドラシル、中国の扶桑など、巨木伝説は世界中にある。枯野船の木は切りたおされてしまうので、いわゆる「世界樹」伝説に加えていいか微妙なところだが、スケールの大きな巨木の話としてよその伝説とひけをとらないと思う。

 平安時代の小説『宇津保物語』に大木を切りたおして琴を作る話が出てくるが、ひょっとすると作者はこの話を頭に置いて書いたかもしれないと思う。『宇津保…』の琴も野を越え、山を越え、信じられないほど遠くまで響く不思議の琴ということになっている。

参考>こぶ爺と天照大神の近くて遠い関係

 
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