かちかち山
 
 
 むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは畑をあらす狸(たぬき)をつかまえて、
「ばあさんや、明日はこの狸で汁でもつくってくれや」
といって、狸をふんじばって天井からつるしておきました。

 次の日、おじいさんが畑へ行ってしまうと、おばあさんはペッタラペッタラ粟餅(あわもち)をつきはじめました。すると、天井からぶらさがっている狸が
「ばあさん、ひとりじゃ大変だろ。おらが手伝ってやるから、この縄といてくれ」
と、いいました。

 狸がなんどもたのむので、おばあさんはとうとう縄をほどいて狸に杵(きね)をもたせてやりました。すると、たぬきはおばあさんを後ろから杵でなぐり殺してしまいました。

 それから狸はおばあさんの肉で婆汁をつくり、自分はおばあさんに化けておじいさんがかえってくるのをまちました。おじいさんがかえってくると、
「さあ、おいしい粟餅と狸汁ができていますよ。たんとあがってくださいな」
と、なに食わぬ顔でおじいさんにごちそうをすすめました。

 おじいさんは何もしらないので、おばあさんの肉でつくった汁をおいしそうに飲みながら、
「ああ、んめえ。わるい狸の汁はんめえなあ。だが、今日の狸はちと肉がかたいのう」
と、いいましたが、狸は
「根性のまがった古狸の肉だからでしょう」
と、うまくごまかしました。

 けれども朝になると、狸はケラケラ笑いながら
「ざまあみろ、くそじじい。おまえが食ったのは婆汁だ。庭のすみっこを見てみろ」
と、いって、どこかへにげていきました。

 おじいさんが庭を見にいくと、おばあさんの着物と骨がおちていました。それでやっと、ゆうべ食べたのはおばあさんの肉汁だったと気がついて、わんわん声をあげて泣きだしました。

 そこへ、山から兎(うさぎ)がやってきて、
「おじいさん、どうしたの」
と、ききました。
 おじいさんは、わるい狸におばさんを殺されたことを兎に話しました。すると、兎は
「そんなら、わたしが仇(かたき)をうってあげるから、もう泣かないでくださいよ」
といって、山へかえっていきました。

 兎は狸の家をたずねると、
「狸さん、狸さん、今年の冬はさむくなりそうですよ。萱(かや)を切ってきて小屋でも作りましょう」
と、いいました。
「そりゃいい考えだ。萱刈って小屋がけするか」
と、兎といっしょに萱を刈りにいきました。

 萱をたっぷり刈りとって、よっこらしょと背負って山をおりました。狸がさきに、兎があとになって山道をおりてゆくと、兎は火打ち石をカチカチうちつけて、狸の萱に火をつけようとしました。
「おや、おらの背中でカチカチ音がするぞ」
 狸がきくので、兎がこたえました。
「ああ、このあたりはカチカチ山といって、カチカチ鳥がいるんだよ」

 狸は「ふーん、そうか」とへんじをして、また山をおりていきました。兎は萱がよくもえるように、後ろからぶーぶー息をふきかけました。
「おや、おらの背中でぶーぶー音がするぞ」
「それはブーブー鳥の声だろうさ」

 すると、狸の萱がごうごう音をたててもえだしました。
「変だな、こんどはごうごう音がする」
「ゴウゴウ鳥だよ、知らないのかい?」

 狸は「へえ、そうかい」とへんじをして、また山をおりていきましたが、とうとう萱がもえあがって狸の背中がやけはじめました。
「うわっ、たすけてくれ、火をけしてくれー」
 狸はあわててさけびましたが、兎はおどろいたふりをしてにげてしまいました。

 それからしばらくして、狸がのこのこあるいていると、兎がタデの葉をもんでいるのに出会いました。
「この性わる兎めが、カチカチ山でおらの背中に火をつけただろ」
 狸は兎にくってかかりましたが、兎はそしらぬ顔でいいました。
「なんの話かな。ぼくはタデ山の兎だから、カチカチ山の兎のことなんか知らないよ」

 それで狸は、なんだちがう兎だったのかとあきらめて、
「ところで兎どん、あんた何をしているんだい」
と、ききました。兎は、
「火傷にきく薬をつくっているんだよ」
と、いいました。

 狸は兎に火をつけられて、大やけどをしていましたから、
「なら、その薬をおらの背中にぬってくれないかい」
と、たのみました。
 兎は「いいとも、背中をだしなよ」と、タデの葉のからい汁をたっぷりぬってやりました。そのいたいこと、狸はぎゃーっとさけんで苦しそうにころげまわりました。そのあいだに兎はにげてしまいました。

 またしばらくして、狸がのこのこあるいていると、松山の松林で、兎が松の木を切っていました。
 狸は兎をとっつかまえて、
「この兎め、タデ山ではひどい目にあわせてくれたな」
と、今にもなぐりかかりそうになりました。兎が、
「ちょっとまっておくれよ。ぼくは松山の兎だから、タデ山のことなんかしらないよ」
と、いうので、狸はまた、それもそうかとあきらめました。

「ところで兎どん、あんた何をしているんだい」
「海のものでもとりにいこうと、舟をつくっているんだよ」
「そんならおらもつれてってくれないか」
「いいとも。ぼくは木で舟をつくるから、あんたは立派な黒い舟をつくるといいよ。土をはこんできてくれたら、ぼくが松ヤニとまぜて舟をつくってやろう」

 兎がそういうので、狸は黒い土をたくさんはこんできました。兎は土と松ヤニをこねて舟の形にして、自分は松の木をくりぬいて木の舟をつくりました。

 舟ができあがると、海までかついでいって水にうかべました。木の舟も、土の舟も、さいしょのうちは水にうかび、すいすいとよくはしりました。

 そのうち、兎は舟べりを櫂(かい)でたたきはじめました。
「兎どん、どうして舟をたたいているんだい」
「こうすると魚がよってくるんだよ」

 そこで狸は兎のまねをして、櫂で舟べりをたたきはじめました。ところが狸の舟は土でできているので、ぼこっと音をたててこわれてしまいました。そのまま狸は海へずぶずぶっとしずんでゆきましたとさ。
 

◆こぼれ話◆

 日本五大昔話のひとつ。おじいさんが狸をつかまえてくるくだりにはバリエーションがある。今回は長くなるので割愛したが、たとえば次のような話も面白い。

 おばあさんが庭で豆を三つひろい、黄粉にしてたべましょうと言うが、食べてしまえばそれっきりになるので、半分は種にして畑にまくことにする。
 一個と半分の豆を煎ってつぶしていると、搗くほどにふえて一升の黄粉ができた。おじいさんとおばあさんは、黄粉をうまいうまいといいながらペロリと食べてしまう。
 おじいさんが残りの豆を畑にまきながら「半分の豆は百個になれ、一個の豆は千個になれ」と歌っていると、狸がやってきて切り株にちょこんとすわり「半分も一個もくさっちまえ」と楽しそうに歌いはじめる。
 腹を立てたおじいさんは狸がすわっていた切り株にとりもちをたっぷり塗りつけて、また豆をまくふりをしながら歌っていると、狸がやってきて切り株にちょこんとすわった。
 切り株にはとりもちがついているので狸はうごけなくなり、まんまとおじいさんに捕まってしまう。
 話の発端がたった三粒の豆というのだから、農民の苦労がしのばれる。黄粉にしようと搗いているうちに増えるというのも、わずかな豆で腹をふくれさせる工夫を誇張して言ったものかもしれない。

 それはともかく、この話を聞くと思うのは、昔の人は四つ足の動物を食べないと言うのになんだかんだ理由をつけて獣の肉をよく食べていたのではないかということ。ありがちなところでは「兎はうしろ足二本でとぶ生き物だから獣ではなく鳥」だとか、「猪はモモンガが年をとったものだから鳥」または「猪は山にいるが鯨と同じものだから魚」などなど。狸汁というのも昔話にはよく出てくる気がする。本当に狸が食用にされていたのなら、鳥や魚にたとえた名前があるんじゃないかと思うが耳にしたことはない。

 
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