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桐生:織物参考館・紫(ゆかり)

 「桐生は日本の機どころ」というのは上毛かるたの「き」の札です。上毛かるたは群馬の良い子だったらたいてい言えるんです。

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▲桐生市のマンホールにも反物がデザインされてる。まわりは市花のサルビアで、歯車は桐生で盛んな機械金属産業のシンボルだそうです。

 わたしは趣味でお蚕を飼うので、機織りにも興味があります。それで、せっかく群馬に行くなら養蚕か機織り関係の博物館はないのかと思い、検索してみつけたのがここ。

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▲織物参考館・紫(ゆかり)
公式サイト:http://www.morihide.co.jp/yukariNEW/indexYK.html

 ここは現在も稼働中の森秀織物という工場がやってる私設の博物館だそうです。

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▲これが展示室。写真とってもいいですかって許可もらいました。

 展示室は昔の工場の建物をそのまま使っているようです。昔の工場の屋根はのこぎりの刃みたいにギザギザしてますよね。

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▲屋根を外から見たところ。屋根の南側がなだらかな斜面で、北側が急になっているので、のこぎりの刃のように見える。

 なんでこういう作りになってるかっていうと、機織りの機械はものすごい音なので、天井板を貼らず、ギザギザ屋根をそのままにしておくことで、音をやわらげる効果があるんだそうです。

 それともうひとつ、採光の役割もあります。

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▲北側の急な屋根に窓がついてる。

 窓は必ず北側につけるそうです。南側だと直射日光が入ってしまい、布が色あせてしまうし、強過ぎる光では、かえって細かい作業がしにくいからだそうです。北側の窓は一日中やわらかい光がさすので丁度いいとのこと。台所を北側に作る家が多いのと同じ理屈かもしれないですね。こういう工場の作りはイギリスから来たものだそうです。

 展示室には古い機織りの機械が沢山ありました。明治中期の、幅が3メートル(うろおぼえ)くらいある、巨大な高機はすごかった。明治のものなので当然電化なんかされていなくて、操作は人がするんです。でも幅が異常に広いので、女工さんが三人で織ったそうです。真ん中の人が足で綜絖(そうこう)を操作して、両端の人が杼を通すらしいですよ。縦糸に細い絹糸を2万本とか言ってたと思います。織った布は欧米に輸出されて、夜会用のドレスになったそうです。公式サイトの写真はこれ>http://www.morihide.co.jp/yukariNEW/yukariphoto/15.html

 それに古いジャカード織り機も面白い。模様を織り込むための機械で、フランスで発明されたものなんですが、穴の開いたシートを使って縦糸を制御するらしいです。発明者はオルゴールをヒントにしたとか。>http://www.morihide.co.jp/yukariNEW/yukariphoto/14.html

 ジャカードもすごいんですが、それを古代中国では人間が上からひっぱることで同じような模様織りを実現してそうなんです。それが日本にも伝わって、正倉院にはそういう布が現存してるそうです。その、上からひっぱる式の機織り機なんかも展示されてて、私設の博物館とは思えない熱さがありますね。館の人の説明もすごく面白かったです。

 こちらの会社は機織りが専門で染色はやってなかったそうですが、今は見学者用に藍染め体験も定期的にやってるそうです。布を持ち込んで染めさせてもらうことも可能とか。

 場所はJR桐生駅から徒歩で15分くらい。入館料は大人 700円。

タグ:群馬 桐生市

岩宿の遺跡のことを語りまくってみるよ

 えー、語るといいましても、わたくしの語りはくだらない思いで話ばっかりです。古代史についての熱い語りではないので念のため。

 わたしはゆとり世代よりずっと前の年齢で、詰め込み教育はイクナイとか言われていた時代なんですが、小中学校の授業を思い出すと、どのへんが詰め込みなのかよくわかんないくらい、先生が無駄話をしてた。おかげで高校受験の時なんか、この部分を授業でやった時、先生がどんな冗談を言ったかまで思い出してしまうほどでしたよ。

 中でも思い出すのは小学三年生の時の担任の先生である。女性で年齢はよくわからないけれど、定年間近だったかもしれない。地元に長く住んでいるらしく、群馬県内の話をよくしていた。

 が、その話のほとんどが噂話のレベルで、いちいち面白いんだけど、常に何かとまざっていて、どこまで正確なんだかわからない。

 例えばどんな風かって言うと、社会科見学の前に聞かされた話に「三共電器(今のサンデン)は三人の兄弟がはじめた会社だからサンキョウ」というのがある。大人になってから思い出して、サンデンのサイトを見に行ったけど、会社の歴史を紹介するページを見ても、そんな話はさっぱり書かれていない。

 峠のかまめしで有名なおぎのやは、物のない時代におかみさんが自ら山で山菜をとり、釜飯にして売ったのが話題になったっていうのもある。これは遠足の前に聞かされた。陶器の釜に弁当を入れるアイデアが女性の発案だというのは本当みたいだけど、山菜のくだりとかがそうとう怪しい。

 そして今回語りたいのは岩宿の遺跡についてだ。

 その先生が社会科の授業で言ってた話を思い出して箇条書きにしてみる。

・日本には石器時代がなかったと言われていた。縄文時代によそから人がやってきて住み着いたのが最初の新しい国だと思われていた。

・ところが桐生の岩宿というところで石器がみつかった。

・それを発見したのは「あいざわちゅーよー」さんで、本当の名前は忠洋(ただひろ)だけど、昔の人はみんな音読みでちゅーよーさんと呼んでいる。

・彼は学者でもなんでもなくて、勉強しながら働いている貧しい若者だった。

・仕事に行くのに毎日通る道端に、どうも自然のものではないものが落ちている。道行く人たちは、誰一人そんなものには目もくれないが、ちゅーよーさんだけは「これは貴重なものに違いない」と考えて、東京の偉い学者に見てもらった。

・それが原始人が使った道具だとわかり、日本にも石器時代があったことが確かめられた。

・貧しくとも勉強をつづけていたからこそ大事なものに気がついたのだから、人は勉強しなくちゃいけない。

・原始人は岩が張り出した崖下に身を寄せ合って住んでいたはずだ。そういう崖があるからそのあたりを岩宿というのである。←このへんがそうとう怪しい。


 …という話を、それは自慢げに、繰り返し聞かされた。

 たしかに学者でもない若者が、仕事の行き帰りに世紀の大発見をするなんて話は今聞いてもワクワクする。それが苦学生だったりすると、貧しさに泣いた昔の人ならなおさら胸熱だったに違いない。

 「日本にも石器時代があった」というのも昔の人のハートをわしづかみにしたポイントだ。日本がぽっと出の新しい国みたいに言われるのが屈辱的だったんだと思う。

 いや、縄文時代は十分古くて、ちっとも新しくはない。しかし、何かと言えば欧米に劣ると思い込んで暮らしていた世代にとっては、この国には原始時代もないのかよ、みたいなガッカリ感があったのかもしれない。

 そんなこんなで、先生の無駄話によって、わたしの頭の中では、岩宿というのは道端に原始人が暮らしていた崖のあるところ、苦学生偉い、旧石器時代バンザーイみたいなストーリーができあがっている。

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▲超想像・岩宿遺跡:こんなところを想像していた。池沿いの小道、原始人が住んでた張り出した崖、チューヨーさんは腰に手ぬぐい。なぜ池沿いだと思ったのかは自分でも謎。


 実際の岩宿遺跡がどんなところかっていうと…

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▲すっかり整備されてこんな感じ。っていうかコントラスト強過ぎて、これじゃ様子がわかんないですね、はいはいすみません。そんなに高くない丘沿いに石碑があるだけです。

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▲発掘当時の写真だそうですが……光って見づらい。ですよねえ。でも天気良かったんだもん、どう撮影してもこうなっちゃうんだったら。

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▲岩宿博物館:めちゃくちゃ立派な施設だった。この施設の向こうに池はほんとにあった。博物館には石器が沢山あったけれど、沢山あるだけ、かもしれないです。建物のわりに展示が地味でわかりにくい、かもね。ごめん嘘のつけない体質で。

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▲岩石ドーム:崖から地層をはがして保存してるところ。穴蔵みたいになってるのはただのデザインだと思うたぶん。



 …と、まあ、こんな感じでした。博物館ができたのが20年くらい前だそうなので、その頃かなり整備されちゃったようです。それ以前の様子はよくわからないけれど、少なくとも「原始人が暮らしてた崖」は妄想以外の何ものでもないと思われます。

 だって、チューヨーさんが発見した石器が旧石器時代のものだと判明したのは、関東ローム層の古い地層から出てきたからであって、剥き出しの崖下に転がってるわけないですし。先生が言ってた崖っていうのは、発掘現場の写真からの想像じゃないかと思います。

 岩宿という地名の由来はわかんないけど、石器が発見される前から岩宿だったんじゃないでしょうか(笑)


 岩宿遺跡、岩宿博物館、岩石ドームは、それぞれすぐ近くにあり、いっぺんに回れます。JR岩宿駅から徒歩で20分くらい。岩石ドームと岩宿遺跡は無料で見られます。博物館は大人300円。

 ちなみに、相沢忠洋さんの記念館が岩宿博物館とは別の場所にあるみたいです。苦学生偉いに洗脳されてるわたしとしては、そっちを見てみたいです。みなさん、チューヨーさんみたいに社会に出てからも勉強をわすれずに、会社の行き帰りに大発見して有名になってくださいね。

タグ:群馬

コメント一覧

武邑くしひ (10/23 11:33) 編集・削除

わたしとチューヨーさんとの出会ひは、小学校のころ買はされてゐた、いまでいふディアゴスティーニのシリーズみたいな「わたしたちの歴史」の、どの巻だつたかに載つてゐた岩宿遺跡発見のエピソードを書いたものでした。いまでも念頭を去らないその挿し絵は、(新聞配達の?)自転車を押したチューヨーさんが、切り通しの崖を観察して居るといふものでした。私自身は、通つてゐた附属小学校に隣接する大学構内の水道工事の際に、大量の弥生式土器が棄てられてゐるのを帰りみちに発見し、土器収集に熱中したことがあり、チューヨーさんに勝手に親しみを感じて居たのかもしれません。gabotyan

珍獣ららむ〜 (10/23 12:06) 編集・削除

岩宿遺跡の石碑があるところは、今だと道路に分断されているけれど、もとは琴平山の一部だったかもしれないので、昔は切り通しの崖だったかもしれないです。弥生式土器が捨てられてるところに行き合うなんて羨まし過ぎますね! gabotyan

武邑くしひ (10/23 12:35) 編集・削除

いまでも、鹿児島大学構内を歩いて、道端の石ころを観察すると、竹の節で水玉模様をスタンプした土器片だつたり、表面に朱が残つてゐる高杯のカケラの筈です。ちやんと発掘すれば、登呂遺跡なみの大集落なのだらうけど、いまさらだれも言ひだせないんでせうね。オマケに、さいきん大学構内の土堤で生きたタランチュラが捕獲されたので土器の観察も注意が必要です。gabotyan

金町〜桐生(群馬県)日帰り鈍行列車の旅  #秋の乗り放題パス

 秋の乗り放題パスの 3日目(最終日)。青春18きっぷと違って 3日連続で使わなきゃいけないのが少しきつくて、3日目は近いところをゆるくまわることにしました。

旅行日 2014年10月18日(土) 日帰り
金町〜岩宿(群馬県)〜桐生(群馬県)〜水戸を経由〜金町

目的 岩宿と桐生で博物館を見ること

 ほんとはもっともっと近場でぐるぐるしようかなあとも思ったんですが、都内からだと休日お出かけパスというものが毎週末に使えるんです。それで高崎線だと神保原まで、宇都宮線経由で足利までは行けてしまうので、あんまり近過ぎるとせっかくの全線乗り放題の有り難みを感じないですよね。

 というわけで、休日お出かけパスの範囲のぎりぎり外側へ行くことにしました。

往路

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 7:23上野発の高崎線は低いホームから出発するのでちょっと懐かしい感じでした。わたしの子供の頃には高崎線が全部低いホームから出てたと思うんです。高いホームに発着するようになってから、長距離感が薄くなって(もともと中距離電車なんでしょうけど)かなり寂しいです。やっぱり上野駅は低いホームが萌えますよねー。

 高崎駅で両毛線に乗り換えるんですが、30分くらい待ち時間があったので、改札を出て駅ビルのお土産屋さんを見たりしました。

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 両毛線で岩宿(いわじゅく)へ。岩宿はマイミクさんからはさっそく返信がついてましたが、群馬では有名な遺跡がある場所です。県外でもある程度年齢の高い人だと知ってるかもしれないです。

 たしか、日本に人が住むようになったのは縄文時代からで、それ以前は火山活動が激しくて住めなかったと言われてたそうです。ところが群馬の岩宿というところで旧石器時代の石器が発見されたことで古代史の常識が塗り替えられるんです。

 しかも、その大発見をしたのが学者ではなく、一般の若者だっていうので当時の人たちにとってはそうとう心躍る出来事だったみたいで、小学校の先生からさんざん聞かされたものです。

 20年くらい前に遺跡の近くに博物館ができたそうなので、今回はそこを見に行きました。詳しくは別の記事にします(ってここまで書いておいて?!いや、写真の5枚制限が面倒くさいんです。はやくブログツールを新しくしたい…orz)。# 書いたよ↓

◎岩宿の遺跡のことを語りまくってみるよ
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1827



 岩宿の次は桐生へ移動します。

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 「桐生は日本の機どころ」と上毛かるたに詠まれた桐生市です。ここでは、織物参考館・紫(ゆかり)という、桐生に昔からある織物の会社がやっている博物館を見ました。

 ここが以外と楽しかったです。ただ展示してあるだけでなく、館の人が説明をしてくれまして、貴重な古い機織りの道具なんかを間近で見せてくれたりします。養蚕関係の道具もちょっと展示されてました(専門は機織りなので、養蚕用具は参考程度に置いてるだけみたいですが、にもかかわらず下手な郷土資料館なんかより沢山あったりする、すごい)。

 これも写真がちょっとだけあるので別の記事に書きます書きました。↓

◎桐生:織物参考館・紫(ゆかり)
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1828

帰路

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 もっとゆっくりしてても良かったんですが、14:57桐生発の下りに乗れそうだと気づいて、水戸線経由で帰ることにしました。この時間なら黄昏の水戸線を楽しめそうだったので。

 両毛線の富田と佐野の間、下り方向だと右側の車窓から西部劇に出てくるような建物が半円形に並んでいる場所が見えました。建物の裏側は何もなくて、ほんとうに撮影用のセットだとわかります。

 帰宅後に調べたら『バンクーバーの朝日』という映画で使ったものでした。

◎バンクーバーの朝日(公式サイト)
http://www.vancouver-asahi.jp/
 まさにこれ。トップページの背景になってる街並みが両毛線の車窓から見えるんですよ。12月封切りだそうですから撮影はもう終わってるんでしょうけど。


 両毛線の上り電車が何かの理由で遅れていて、岩舟駅で8分くらい止まり、小山駅には10分遅れくらいで到着しました。小山は昔、遊園地があった頃に何度か来ています。新幹線が通ってからは初めてです。大きな駅になりましたねえ。

 お昼を食べてないので食事したかったんですが、10分送れてる上に不慣れなもので、吉野家の存在に気づいた時にはもう時間がなくて、仕方ないのでコンビニでおにぎり買って水戸線に乗り換えました。

 ツイートもしましたが、水戸線は過去に一度だけ乗ったことがあるはずです。つくば科学万博の時に、伊勢崎から水戸線と関東鉄道常線道経由で水街道まで行き、そこからバスに乗りました。万博は懐かしいけど、電車の記憶がほとんどないです(笑)

 そんなこんなで久しぶりなのに初めてみたいな水戸線は、くれなずむ田園と山々が美しくて、なかなかいい感じでした。

 友部で常磐線に乗り換える予定だったのですが、うっかり降りそびれて水戸まで行ってしまいましたが、20時前には金町に到着。予定通りゆるく帰宅できました。

この日のツイートはこちら

http://twilog.org/chinjuh/date-141018

タグ:秋の乗り放題パス 群馬

子生まれ石を見に行った話

 子生まれ石というのは、沢が削る崖肌から、丸い石というか岩が生まれてくる場所です。静岡県の牧之原市ってところにあります。

 かれこれ20年以上前になんかの本で読んだんですよねえ。その石は何十年かに一度、崖からコロンと生まれてくるんだそうです。形はまんまるいのもあれば、繭のような形をしたのもありますが、とにかく、誰かが丸く磨いたみたいに、コロンとしたものが崖から生まれてくるっていうんですよ。

 近くに大興寺(だいこうじ)というお寺があり、初代住職が亡くなった時に村人が繭の形をした石をとってきて、無縫塔(お坊さんの墓標)にしたそうです。

 それからというもの、この寺の住職が亡くなる前になると崖からコロンと石が生まれてくるんだそうです。初代住職から二十九代まで、すべてこの石を墓標にしてるらしいですよ?!

 こんな話を聞いたら見たくなっちゃうんですが、これを知った当時は情報が少なくて場所もわからなかったし、仮にわかったところで駅から離れてたらどうやって行けばいいのかなあ、なんて思ってるうちに、行けずに過ごしちゃった。

 最近になって思い出して調べたら、近くに温泉が出来たりして、JR金谷駅からバスが出てるんですね。そこまでわかればどうにかなるので秋の乗り放題パスで行くことにしました。

 11:30ごろ、金谷駅到着。いい天気です。遠くにうっすらですが富士山も見えてました。昼時でお腹がペコペコですが、駅前にはなーんにもありません。JRの駅には売店すらないんですよ!でも、隣接した大井川鉄道の金谷駅には売店があったので、おにぎりを買って食べました。

 さて、大興寺に行くバスですが、菊川市の自主運航バス「萩間線」といって、あんまり本数は多くはありません。平日だと1〜2時間に1本といったところです。休日はもっと本数が減るみたい。

 しかしこのバスに乗らないと行くのは難しいです。駅からけっこうな距離がある上に、途中が山なんですよ。それほど高くはない山ですが、歩いて行くとなると簡単ではないです。

 もし遊びに行きたくなったらバスの時間だけはチェックして、バスの時間にあわせて電車に乗ってきてください。

◎菊川市/自主運航バス「萩間線」
http://www.city.kikugawa.shizuoka.jp/chiikishien/chiiki_hagima.html
 ここに時刻表と運賃表があります。

 おにぎりを買ったり、駅のまわりと歩き回ったりしているうちに、12:10 の相良営業所行きのバスがやってきました。お客さんは平日の真っ昼間なのに、それなりに沢山いました。

 バスは、山を越えて、茶畑の間を爆走します。途中に何ヶ所か、工場とか、お茶関係の試験場みたいなところを通るのですが、そういうところで降りる人が多かったです(かといって職員っぽくはなかった)。

 駅から25分くらい、大興寺前に到着。運賃は570円でした。停留所の名前は「大興寺前」なんですけど、あたりを見回してもお寺は見えません。お寺はさらに5分くらい歩いたところにあるんですよ。バス通りに「龍門山大興寺」と刻まれた石碑があるので道には迷わないと思います。

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▲大興寺

 境内に大興寺の無縫塔について説明した看板がありました。

牧之原市指定(名勝)

 大興味寺の無縫塔

 大興寺初代・大徹和尚が亡くなった時、村人は近くの沢川から「まゆ型」の七五キロ余もある石を運んで来て墓標としました。
 それ以来、寺の住職が亡くなる前には必ず川の崖から、この石が転げ落ちるということで、遠州七不思議のひとつに数えられています。
 大徹和尚から二十九世、みんなこの石を墓標としている。
 自然石の無縫塔は、全国的にみても珍しいもので一名「子生まれ石」ともいいます。

 昭和四十一年九月二十日指定 牧之原市教育委員会

 間違いなくこのお寺です。ただ、この説明じゃ石が生まれてくる場所がどこにあるのかわかりません。近くの沢と言ったって雲をつかむような話です。

 あたりをきょろきょろ見回しましたが、残念ながらここにはこれ以上説明はなさそう。お坊さんのお墓(無縫塔)もどこにあるかわからない。人の気配もないのでどこで聞いていいかもわからない!

 これにはちょっと参りました。実はお寺まで来たらどうにかなると思っていたのでそれ以上は調べなかったんですよね。あんまり下調べしすぎてもつまらないかなあ、とも思ったので。

 でも、良く考えたら田舎の「近く」は車で30分とかだったりしますよね。しかも山道だったりして。まさか……歩いて行けなかったらどうしよう(笑)

 とにかく、場所を確認しなきゃですよ。話はそれからです。そういえば、ひとつ前のバス停が子生まれ温泉だったはずです。そこまで行けば人もいるだろうし、観光案内くらいあるんじゃないのかな。

 というわけで、バス通りに戻って歩きました。お寺からだと15分くらい。

 子生まれ温泉は1996年に開湯された新しい温泉だそうです。広い無料駐車場があるモダンな建物でした。壁に名所案内図があったので見ると、子生まれ石は温泉の前の道を山のほうに車で1分行ったところにあるようです。良かった、その程度なら歩けそう。

 そういうわけでまた歩き。山の中っぽいので少し心配しましたが、特に坂道が険しいということもありませんでした。。老人福祉施設の前を左に曲がって、てくてく歩いていくとこんな場所に出ます。

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▲子生まれ石駐車場

 なんと、無料駐車場まであるんですよ。駐車場は広くてけっこう沢山車を置けそうです。写真では切れちゃってますが、左側にチラッと見えている建物は、休憩所(あずま屋)と公衆トイレです。

 休憩所の裏に沢があって、その沢沿いにちょっと歩くと祠(ほこら)がありました。

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▲子生まれ石をまつった祠

 ってことは、石が生まれてくるのもこのあたりの崖なの……?

 そう思ってきょろきょろするんですが、ここには石が生まれている形跡はありませんでした。

 あれえ、おっかしいな。石は崖肌から、じわじわと生まれつつあるはずなんです。何十年もかけて、ちょっぴりずつ生まれてくるので、今この瞬間も生まれる途中の石がどっかの崖肌にあるって聞いたのになあ。

 ちょっとあきらめかけましたが、沢沿いにまだ遊歩道が続いているので歩いて行くと、おっと、ありましたよ。これぞまさしく子生まれ石が生まれてくる現場。うまれるー、うまれるー!!

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▲まさに生まれる途中の子生まれ石(クリックでやや大きめの写真)

 こんな写真でわかりますかねえ。崖から丸い石が複数顔を出してますよね。これがやがて、寺の住職の墓石になるんでしょうか。この調子だとコロンと落ちるのにまだ何十年もかかりそうです。今の住職は何歳かわかんないけど、そうとう長生きしなきゃね?

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▲おおざっぱな位置関係:右側が北で、金谷駅がある方向。

・金谷駅から大興寺前まで、相良営業所行きのバスで25分、570円
・大興寺前から寺まで、徒歩で5分くらい
・大興寺前バス停から、子生まれ温泉バス停まで徒歩で10分くらい
・子生まれ温泉バス停から、子生まれ石のあるところまで徒歩で15分くらい


 このあと、温泉があるところまで戻ったんですが、次のバスが50分くらい待たないと来ないので、温泉に入って暇つぶしました。550円也。温泉施設の中に食堂がありました。ここまで来ちゃえば食事もできそうです。

タグ:不思議

金町〜金谷(静岡県)日帰り鈍行列車の旅  #秋の乗り放題パス

 秋の乗り放題パス、2日目は東海道線で静岡県の金谷駅まで行きました。

旅行日 2014年10月17日(金曜日)日帰り
金町〜金谷(駅から路線バスで観光)〜金町

旅の目的
 金谷駅からバスで30分くらいのところで「子生まれ石」という不思議なものを見ること!

往路

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画像はジョルダンの路線検索結果をキャプチャして引用しています

 乗って乗り換えて乗り換えて乗り換えて…で、到着しただけです。この日は天気がよくて車窓から富士山がよく見えました。

 金谷駅からは路線バスで移動して、子生まれ石を見に行ったのですが、それは別の記事で書きたいと思います。

◎子生まれ石を見に行った話
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1825


 あと3枚写真を貼れるので小ネタを。
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▲金谷駅前にて。このピンクと黄色のウサギらしき物体は、JR東海のさわやかウォーキングというイベントのマスコットのようです。このあとPR動画かなにか撮影してました。

◎さわやかウォーキング(公式サイト)
http://walking.jr-central.co.jp/

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▲金谷駅近くから富士山を写した写真。富士山をはっきりさせようとコントラストをいじっていたら、左のほうに謎の球体が写ってるんですよ。こ、これは、まさか空飛ぶ円盤かっ?!

 「UFOか?!」と書くべきところかもしれませんが、 UFO は未確認飛行物体という意味なので、宇宙人の乗り物という意味で使うのに抵抗があります。かといってエイリアンクラフトかって言ってもぜんぜん迫力ないし!

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▲そこで問題のヶ所を拡大してみたわけですが、あー、なんだ。碍子(がいし)か……つまらん。

 わたしゃこんなこと書いてちゃかしているように見えますが、実は本気で宇宙人に会いたいんです。本気度が高いので、この手の画像加工時に電線がつぶれて消えちゃっただけとか、窓ガラスに部屋のあかりが反射してるだけ、みたいなインチキ写真で宇宙船を見た気になれないんです。「ふざけんなこちとら遊びじゃねぇんだ!」みたいな(笑)

復路

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画像はジョルダンの路線検索結果をキャプチャして引用しています

 帰りは図のような感じになる予定だったのです。ところが小田原で何かアナウンスがありまして……ちゃんと聞いてなかったので詳細はわかんないんですが、たぶん何かの理由で電車が少し遅れていて、もっと早く着く電車に乗り換えられるって言っように聞こえました。国府津でも乗り換えられると言ってたような気がします。

 それでみんながゾロゾロ降りてしまい、わたしゃべつに乗っててもよかったんですが、勢いで降りちゃったんですよね。しかしアナウンスをちゃんと聞いてないので、どこにいる何と乗り換えろって言ってるのかよくわかんないの(笑)

 それで、もうどうでもいいので、向かい側のホームに止まってた湘南ラインの高崎行きに乗りました。高崎線だけど上野に行かず、池袋を通って東海道線に抜けるやつね。これ乗ったことなかったんだよねー。

 そういうわけで、小田原の先は、池袋で山手線、日暮里で常磐線快速、北千住で常磐線各駅停車に乗り換えて 20時すぎに金町に着きました。予定より15分弱遅れたくらいで到着。乗ったことない線にも乗って結果オーライでした。

この日のツイートはこちら

http://twilog.org/chinjuh/date-141017

タグ:秋の乗り放題パス